第6話


 それからの数日は何事もなく過ぎて行った。


 美央からはたまに惚気話の電話がかかってくるし、学校でも二人の様子に変化はない。


 僕自身戸山さんと過ごす時間が楽しくて、岩田の件もすっかりと忘れてしまっていた。


 ぶっちゃけて言えば、他人の恋愛に口をはさんでいる暇なんてなかったのだ。


 最近では戸山さんは毎日僕にお弁当を作って来てくれるようになった。


 帰りはどちらからともなく手を繋いぐようになったし、なんだか戸山さんの距離が近くなったような気がしている。今では二人きりでいる時はいつもドキドキしていた。


 僕はもう戸山さんの事で頭がいっぱいになっていて、正直美央と岩田の事なんてこれっぽちも頭になかった。


 だから美央から電話が来た時は、またかと呆れながら通話ボタンを押したんだ。


『っぅ……ヒッ、ぅぅ……』

「え、美央?」


 向こう側から聞こえてきた美央の声はいつもの元気と幸せにあふれた声じゃなかった。


 押し殺したように泣いている美央の嗚咽が微かに聞こえてくる。


「どうしたの?」

『……浮気、されてた』


 泣いている声を聞いてから、まさかとは思っていたけれど、ついに岩田はバレてしまったらしい。


 岩田が浮気していた事なんて、前から知っていた僕は美央に話を合わせるのが大変だった。


 わざと驚いたふりをして、まるで何も知らなかったかのように振舞って、美央を一応慰めた。


 美央は我慢の限界に来たのかしばらく泣いて、それから聞いてもいないのに詳細を語りだした。


 なんでも岩田は美央の他に三人も彼女がいたらしい。


 浮気をしていた事は知っていたけれど、これには僕も素直に驚いた。


 あんなに草食系な顔をしておいて、岩田は随分とやり手だったようだ。


 今になって思えば、美央と付き合っている事を皆に隠そうとしていたのも、こういう理由だったのかもしれない。


 美央は偶然岩田が他の女の子と歩いているのを見て、後をつけて真相を知ってしまったらしい。問い詰めて他にも彼女がいる事をしり、その場で別れて来たそうだ。


 初めは泣いていた美央も、語り続けているうちに段々と怒りが勝って来たのか、興奮気味に岩田の酷い所を伝えて来る。


 正直どうでもよかった僕は適当に相槌を打って聞き流していたけれど、延々と続く愚痴に流石にイライラしてきた。


『もうホント最悪! こんな事なら幸斗と付き合えばよかった』

「……え?」

『だって私達ってお互いの事なんでも知ってるじゃない? 幸斗は浮気なんてしないもの』


 急にそんな事を言われて、僕の心はときめいた――




 ――なんて事はなく、ただ美央に呆れていた。


 ずっと一緒にいた僕に今まで見向きもしなかったくせに、ろくに知りもしないイケメンになびいていって、今更どの口でそんな事を言うのか。


「よく知りもしないくせに、短い付き合いしかない相手の言うこと全部信用するなんて、美央が軽率だったんじゃないの」

『……え? 幸斗?』


 思わず心の声が漏れてしまっていた。


 思ってもいなかった言葉を浴びせられて困惑しているような美央の声が聞こえてくる。


 流石に言い過ぎたかもしれないと思い、どう取り繕うか考えていると新しい着信が入って来た。


 確認すると戸山さんからの連絡で、僕は一気に美央の事がどうでもよくなった。


「ごめん、電話かかってきたから切るね」

『え? ちょ、ちょっと待ってよ幸斗! まだ話は』

「あのね美央、僕も好きな子がいるんだよ」

『え、急になに?』

「いや、だから今その好きな子から電話かかってきたから、美央と話をしてる場合じゃないって事なの。美央だって、最近はずっと岩田とばかりと一緒にいて、僕の事なんて放っておいてたでしょ? あぁ、別に責めてないよ。好きな人を優先するのって当然だよねって話だから」

『そ、それは……』

「まぁそういう訳だから、じゃあね」


 躊躇なく通話を切る。


 美央が何かを言っていたような気もしたけれどよくきこえなかった。それに、今はもっと大切な相手がいる。


「もしもし戸山さん?」

『あ、幸斗君こんばんは、今大丈夫かな?』

「もちろんだよ。戸山さんの声が聞けて嬉しいな」

『も、もぅ、そんな事言われたら、恥ずかしいよ』


 可愛らしい戸山さんの声に感情が高ぶる。


 直前に美央から言われた言葉が、また頭に響いてきた。


『こんな事なら幸斗と付き合えばよかった』


こんなにもイライラしたのは生まれて初めてだ。


 僕は都合のいい男じゃないし、岩田の代わりになんてされたくない。


 そんな想いが、僕の感情を爆発させ、僕は自分の想いを戸山さんに伝える事を決めた。



 翌日の放課後。僕は戸山さんを連れて、とあるカフェに来ていた。


 僕のただならぬ雰囲気から、戸山さんも何かを感じ取っているのかもしれない。どことなく緊張美味で、僕たちはいつもよりギクシャクしていた。


 実際に口にするのはとても勇気のいる事だったけれど、ここまで来て止めるなんて事は出来ない。


「戸山さん、大事な話があるんだ」

「……うん」

「その、戸山さんの事が、好きです! 僕と付き合ってください!」


 店内に響かないように気を付けて、それでもしっかりと想いを口にする。


 顔を上げると、戸山さんは僕の言葉を聞いて、恍惚とした表情を浮かべてくれていた。


「私なんかで本当にいいの?」

「もちろんだよ。僕には戸山さんが必要なんだ」

「そんなに私の事を好きになってくれたの?」

「うん。戸山さんのためなら、何でもしてあげたくなるくらい」

「嬉しいっ!!」


 感極まった戸山さんに手を握ってもらえた。それは僕の想いが受け入れてもらえたという事の証明で、泣きそうなくらい嬉しくなる。


「ずっと私と一緒にいてくれますか?」

「うん。僕は何があっても戸山さんと一緒にいたいよ」

「ありがとう幸斗君! これからは、その恋人同士なんだから名前で呼んで欲しいな」


 照れながらそんなお願いをしてくる戸山さんが、この世の何よりも可愛らしくて、どんなお願いでも聞いてあげたくなった。


「えっと、じゃあ、桃香」

「うん、幸斗君!」

「これからよろしくね」


 手を握ったまま僕たちは見つめ合い、二人で笑い合った。


 僕は本当の運命の人を見つけられた。


 ながい間、ずっと一緒にいた幼馴染の事しか見えていなかったけれど、僕はやっと真実の愛に気が付いたんだ。


 戸山さんと仲良くなってまだ数週間。そんな短い期間では僕たちはまだお互いに全てを知っているわけでもないのだろう。


 けれど、喩え一緒に過ごした時間が少ないとしても、そんな事はまったく問題ないんだ。


 お互いを知るための桃香との時間は、これから二人で沢山作っていけばいいのだから――。









「ねぇ幸斗君」

「どうしたの桃香?」

「私、付き合った記念に何かプレゼントが欲しいな」

「ふふ、いいよ。何か欲しいものはある?」

「うん。そろそろかなぁって前から色々考えてたんだけど、とりあえずこの鞄とこの靴かな。あとできれば財布も新しくしたいから――」

「ん? え? ちょ、ちょっと待って!」

「どうしたの幸斗君?」

「えっと、多くない、かな?」

「そんな事ないよぉ。今までの彼氏は皆頑張って買ってくれてたもん」

「……え?」

「幸斗君私の事好きなんでしょ? だったら頑張ってね、期待してるから!」



「…………え?」

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