第5話
その日から僕と戸山さんはいつも一緒に行動するようになった。
唯一の友達と、これまでずっと一緒にいた幼馴染。肩書こそそれぞれの立場で変わるけれど、美央から構ってもらえなくなった者同士、似た境遇でお互いに親近感を持てた事が大きかったのかもしれない。
僕たちの距離は一気に縮まって行った。
戸山さんは僕の話を美央からよく聞いていたらしい。
「毎日幸斗君の事聞いてたから、なんだか勝手に仲良くなったような気がしてて……」だからこんなに自然に話せるのかも、とはにかむ戸山さん。
本来なら引っ込み思案で、誰かと普通に話せるようになるまで時間がかかるのにと、自分でも不思議なのか、どこか僕を見る目には感動とか、すごい人を見る時のような感情が込められているように見えた。
僕からしても戸山さんとすぐに打ち解けられたのは意外な事だった。
引っ込み思案とまではいかないけれど、僕自身もそこまでコミュ力の高い方でもない。女の子の友達なんて数える程しかいないし、素で話が出来る相手なんて、それこそ美央くらいだった。
だから戸山さんと笑い合えるくらい仲良くなれた事は純粋に嬉しかったし、美央が離れて行った事でできた穴を、戸山さんに塞いでもらえているような気がした。
そこまで目立つわけでもない僕と、引っ込み思案で友達がいなかった戸山さん。お互いに注目を集めるような人種ではなかったからか、僕たちの関係が変わっていっても、クラスで気にしているような人はいなかった。
皆興味がないのかもしれないし、目立つ美央と岩田の関係の方が気になって、それどころじゃないのかもしれない。
どちらにしろ、僕たちにとってはいい環境だった。
変に揶揄われたり噂される事もなく、二人きりで過ごす日々。
一緒に帰ったり、寄り道してみたり、段々とお互いの距離が近づいて、お昼を二人で食べたりもした。
戸山さんはどんな所に行っても、目をキラキラさせて楽しそうにしてくれていた。きっと友達がいないと言っていたから、今まで寄り道とかをした事がないのかもしれない。そんな新鮮な反応が可愛らしいかった。
お昼はいつも自分でお弁当を作ってきていると教えてくれた次の日、少し恥ずかしそうにしながら僕にお弁当を作って来てくれたりもした。どれも美味しくて感動したし、それ以上に自分に料理を作ってくれる女の子がいる事が嬉しかった。
戸山さんと一緒に過ごす日々は本当に楽しくて、しっかりと会話をするようになってから、まだ数週間しか経っていないのが信じられなかった。
お互いの波長が合っているような気がして、戸山さんとは相性が最高にいいのかもしれないと思えた。
出会ってからの短い時間なんて関係ない。
一緒にいて心地よくて安心できる。僕にとって戸山さんは、もうなくてはならない存在になっていた。
戸山さんも僕と同じように想ってくれているのかもしれない。
いつも彼女の方から僕の所に来てくれて、常に一緒にいようとしてくれる。僕の傍にいる時の戸山さんは、頬をほのかに赤く染めて、いつも嬉しそうにしてくれている。
お互いにお互いを必要としている気持ちが通じ合っている。
戸山さんと一緒にいる時間は、僕にとって何より大切で、どんな時間よりも幸せを感じられた。
だから、もう美央が離れていってできた穴なんてとっくに塞がっていたし、美央の事を考える事もほとんどなくなっていた。
そんなある日の事だった。
家の用事があるらしく戸山さんは先に帰っていて、その日僕は久しぶりに一人で下校していた。
まっすぐ帰ろうかと思っていたけれど、今度戸山さんと一緒にどこか寄り道したい場所でも探そうと、フラフラと当てもなく歩いてみた。
特に意識してはいなかったけれど、なんだか見覚えのある公園に着いた時、僕は岩田の後ろ姿をはっきりと見た。
その公園は、岩田と美央がキスをしていた場所だった。
嫌な記憶を思い出して、すぐにでも引き返そうとしたけれど、思わず振り返った僕は岩田から目が離せなくなった。
岩田の隣には女の子が寄り添っている。
当然だ。岩田は美央と付き合っていて、この公園は二人の密会場所。
今日も二人でいちゃつきに来たのだろう。
それなら別によかった。もう美央の事も吹っ切れているから特に気になんてならない。
思わず目が離せなくなったのは、岩田の隣に寄り添っている女の子が、どう見ても美央には見えなかったからだ。
初めは意味が分からなかった。
目を凝らしてみてもその後ろ姿は美央からかけ離れている。
髪型も髪の色も違う。今日も学校で美央は見たけれど、一瞬で美容院に行ったのかと真剣に考えてしまう程には混乱した。
そんな混乱もあまり続かなかった。
すぐに答えを知ったからだ。
ちらりと見えた横顔、岩田の隣にいるのは美央とは別人だった。
岩田の肩にしなだれかかって密着している女の子は、まったく知らない子だった。欲見れば制服すら僕たちの学校のものじゃない。
明らかに恋人の距離でいる二人。
すぐにある事を疑いそうになり、妹とか姉とか、そういう可能性もあると考え直す。
自分を落ち着けようと必死になっている僕の前で、岩田とその女の子は、あろうことかキスをした。
僕がここで見せつけられるのはこれで二回目になる。
しかも、二回とも違う相手だ。
疑念は確信になる。岩田は美央と他の女の子に二股をかけていた。
あんなに純粋そうにしていて、裏ではそんなゲスい事をしているなんて、正直直接見ないと誰も信じてくれないだろう。僕も初めは自分の目を疑ったからだ。
それでも何度目をこすっても見える光景は変わらない。
際どいところまで触り合い、いちゃついている二人。
こんな光景を見てしまった僕はどうすべきなのだろう。
出て行って咎めるべきなのだろうか。
それとも美央にこの件を報告するべきなのかもしれない。
大切な幼馴染が二股をかけられている事を知ったなら、当然そうすべきなのだろう。
なのに、僕はどうしてもそんな気にはなれなかった。
心に芽生えたのは、よく知りもしないくせに、そんな相手と付き合うからだ、というある種馬鹿にしたような感情だけ。
美央のために何かをしてあげようとはまったく思えなかった。
どうせこの件を美央に伝えたところでたぶん信じてはくれない。むしろ、彼氏の悪口を言われたと、僕に怒りを向けられる可能性の方が高そうだ。
自分の立場を悪くしてまで、美央のために必死になる必要性も感じない。
岩田と付き合ったのは美央の選択なのだから、どうなろうと自業自得だろう。もしかしたら美央も公認かもしれないという可能性すらあるのだ。明らかに他人が出しゃばることではないだろう。
結局、僕はこの件をどうする事もせず、ただ放っておく事に決めてそのまま公園を出た。
他人の問題に首を突っ込む気はなかった。
もう僕にとって美央は、幼馴染から他人という括りに変っていた。
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