第4話
僕にとってそれからの日々は、端的に言えば地獄みたいなものだった。
一応美央と岩田が付き合っている事は隠しているらしい。岩田が二人だけで静かに関係を続けていきたいと言ったからと、美央が聞いてもいないのに教えてくれた。
仲の良さを疑っているクラスメイトもいたけれど、なんとか隠し通せてはいるらしい。僕も誰にもばらさないように念を押された。
少しだけ、バラしたらどうなるだろうかと、邪な考えも浮かんできたけれど、自分からその話題に触れたくなかったし、何より美央と岩田が付き合っている事が周知の事実になれば、余計に自分が惨めになりそうで止めた。
学校では過度にイチャ付かない二人は、放課後にその想いを爆発させているらしい。僕が一度だけつけて行ったあの公園が二人の秘密の密会場所だそうだ。そういう聞いてもいない美央の惚気を、それこそ日付が変わるまで僕は聞かされれることになった。
『ホントはさぁ、こんなに幸せなんだから皆にも話たいんだけどね。正樹は私の事を考えて秘密にしようって言ってくれてるから反対できなくて、幸斗が聞いてくれて助かるわぁ』
どうやら美央の中での僕の立ち位置は、ストレス解消要因にまで下がったらしい。
聞きたくもない話を延々と聞かされて、その上便利に扱われていると分かってからも、僕はいつも通りに相槌を打っていた自分を褒めてあげたかった。
毎日モヤモヤした気分が晴れる事なんてなく、陰鬱な日々を過ごすしかなかった。そんなある日の事。
「あの、幸斗君。ちょっといいかな?」と、遠慮がちに声をかけてきた女の子がいた。
小柄で他の女子よりも一回り小さい身体と、その雰囲気に似合っている可愛らしい瞳。染めていない純粋な黒髪はサラサラしていて綺麗だ。知らない顔ではない。何度か話をしたこともある。
まだ二年になってすぐの頃、新しいクラスで友達が固定されていなかった時に、美央が声をかけて仲良くなっていた子。僕と美央の幼馴染という関係について、夢見がちな質問をしてきたあの子だった。
「あ、急に名前でごめんね。美央ちゃんがいつもそう呼んでたからつい……もし嫌だったら苗字で呼ぶね」
「そんなに気にしないで、全然大丈夫だから」
「よかったぁ。もし嫌だと思われたらどうしようかと思ってたの」
「あはは、それより僕に用なんて珍しいね。どうしたの? 」
「そうだった。あのね、幸斗君に聞いてもらい話があって……もし大丈夫なら付いてきて欲しいの」
真剣な瞳で見つめてくる彼女。
その空気から、どうやら教室の真ん中で気軽に出来るような話ではないらしい事が伝わって来た。
女の子からされる重要な話となると、男ならたぶん、告白とかそんな都合のいい事を思い浮かべてしまう事もあると思う。普段の僕だったらそうだったのだろう。けれど、今はそんなおめでたい事は考えられず、どんな話なのか少しだけ警戒もしたけれど、とりあえず真剣そうな彼女に付いて行くことにした。
「来てくれてありがとう。何度か話した事あるけど改めて、私は
閑散とした中庭に僕を連れて来た彼女は、そう努めて明るく自己紹介をしてくれた。気を遣ってくれているのだろう。言葉を鵜吞みにしていきなり名前で呼んだら、嫌がられるかもしれない。
「じゃあ戸山さんって呼ぶね、えっとよろしくね」
「うん、よろしくね幸斗君」
「それで、話って言うのは?」
「そ、そうだね。えっとね、幸斗君に来てもらったのは、美央ちゃんの事なんだ」
「美央の?」
聞き返す僕に戸山さんは黙って頷いた。
「美央ちゃんと岩田君って、その……付き合ってるのかな?」
少し恥じているように顔を伏せて、上目遣いで聞いてくる戸山さんに、僕はすぐには答えられなかった。
考えたのは、どうしてそんな事を聞いてくるのかという事。すぐに浮かんできたのは、戸山さんも岩田が好きだったのかもしれないという可能性で、僕は慎重に言葉を選ぶ必要性に駆られた。
「その、どうしてそんな事を?」
「あ、そうだよね、急にごめんね。最近美央ちゃんが一緒にいてくれる事が減ってね。何かと岩田君と一緒にいるみたいだったから」
「そう、みたいだね。戸山さんは二人が気になるの?」
僕からのその質問に、戸山さんは言いにくそうにしながらも、しっかりと答えてくれた。
「えっとね、二人の関係が気になるというよりは、私、クラスに友達が美央ちゃんくらいしかいないから、最近寂しくて嫌われちゃったのかなって不安だったの。けど、もし二人が付き合い始めたなら、私が嫌われたわけじゃないって安心できそうで、隠してるらしい二人には聞けなかったから、知ってそうな幸斗君に聞いてみようと思ったの」
「……そうだったんだね」
その後、戸山さんは自身の事について話をしてくれた。
引っ込み思案な性格でいつも友達を作るのが苦手だったそうだ。二年になって不運にも一年の頃に同じクラスだった友達は誰もいない。孤立しそうになって困っていた時に、美央が声をかけてくれたらしい。
「恥ずかしいけど、最近ちょっと寂しくて」
頬を赤く染めながら素直に語ってくれる戸山さんは、なんだか守ってあげたいような魅力にあふれていたし、僕はそんな彼女に親近感も感じていた。
僕からしたら幼馴染、戸山さんからは唯一の友達である美央に、僕たちは最近放っておかれている。
寂しいと、戸山さんは素直に言っていた。
僕もそうだった。
「美央には僕が教えたの内緒にしてね……この前から付き合い始めたって」
「やっぱりそうだったんだ!?」
「うん。だから戸山さんが嫌われたとかじゃないから安心して、実際僕も今は放っておかれてるようなものだからさ」
「教えてくれてありがとう幸斗君。安心したけど、じゃあ幸斗君も今は寂しいの?」
「えっと……そうだね。寂しいかな」
純粋な瞳に見つめられて、僕は自然と自分の想いを口にしていた。
女々しくて、あまり話をした事もないクラスメイトにする話じゃない事は分かる。それでも、戸山さんになら聞いてもらいたいと思わせる何かがあった。
「ふふ、じゃあ私たちって一緒だね」
「そう、かもしれないね」
「あのね、幸斗君さえよければ、これから仲良くしてくれないかな?」
恥じらうようにして聞いてくるその可愛らしい小柄な少女に、僕は頷く以外の返答をする気にはなれなかった。
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