変わってしまった人と、変われない人
第1話
「ねぇ
「うん! 好きだよ!」
「ホント⁉ 嬉しいなぁ。えっとね、
「う、うん。僕も嬉しいよ」
「私たち、大きくなったら結婚できるかな?」
「大丈夫! きっと出来るよ!」
「えへへ、楽しみにしてるね」
――――――――
―――――
――
「ちょっと! 起きてよ真!」
「……ん!?」
耳元で聞こえた大きな声にびっくりして、僕は顔を上げた。目に飛び込んできたのは、高校の教室の風景。どうやらウトウトしているうちに寝てしまっていたらしい。
何やら随分と懐かしい夢を見ていた。あれは、まだ小学生になる前の頃だったと思う。大切な幼馴染と過ごした想い出の一幕だった。
「起きた? ねぇ真! これ見てこれ!」
まだ少しぼーっとしていたけれど、その声に反応して隣を見れば、先ほどまで僕の夢に出ていた幼馴染で、クラスメイトの栞がスマホを渡して来た。
「これ! 可愛くない?」
スマホを受け取って見ると、どこかのブランドの通販サイトで、オシャレなトートバッグが大きく表示されていた。
「すごいカワイイでしょ? 私に似合いそうじゃない?」
そう言われて栞が持っている姿を想像してみた。
栞は幼馴染という補正を差し引いて考えても美少女といって差し支えない容姿をしている。明るめのブラウンの髪はふわふわでいい香りがしてくるし、大きくて可愛らしい瞳に見つめられて恋に落ちた男子は少なくない。
小柄で守ってあげたくなるような可愛らしさ、それでいて女性らしさを感じさせる身体つきをしていて、男子からの人気はかなり高い。
つまりはまぁ何を持っていても似合ってしまうわけで、僕としても栞自信が言った言葉には同意見だった。
「うん。似合うと思うよ」
「でしょ! 流石真は分かってるよねぇ」
嬉しそうに頷いている栞はが、ポンポンと肩と叩いてくる。お望み通りの返事が来て満足しているらしい。
「それでなんだけど……」
一旦言葉を区切った栞が、一層身体を密着させてくる。普通なら喜ぶ所なのかもしれないけれど、僕はそこはかとなく嫌な予感を感じていた。
そんな悪い感覚が当たってしまったのか、栞は僕の耳元に顔を近づけてくると、囁くように甘い声で語り掛けてくる。
「これ欲しいんだけどね、今お金なくてさぁ」
「……うん」
「だからね、真に買ってもらえないかなぁって思って来たの? ダメ?」
甘ったるい声で囁かれながら、嫌な予感が当たっていた事に思わずため息た出そうになった。これで栞からの『おねだり』は何度めだろうか。最近は特に多い。
とりあえず、返事をする前に画面をスクロールして、隠れていた値段を確認してみる。そこに表示されていたのは流石のお値段だった。安いものではないと思っていたけれど、想像以上の値段で、こんな物をポンっと買える程いつもお金は持っていない。
値段に引き気味になっていると、すぐにいい返事をもらえると期待していた栞が、少し怪訝な表情になった。
「ダメなの?」
不機嫌さを隠そうともしない栞の声色。
「いや、そんな事ないけど、うん、ただ、ちょっと……」
「ちょっとなに? 買ってくれないの?」
「そうは言ってないよ! けど、ちょっと高いなぁって」
恐る恐る切り出してみると、栞は盛大にため息をついた。そして、まるで軽蔑したような視線を向けてきて、僕はすぐに買うと言わなかった事を後悔した。
「真ってさぁ、私の事が好きなんじゃないの?」
「それは……」
さっきまで夢で見ていた昔の記憶が蘇ってくる。
あの時の僕は確かに、栞の事が好きで、栞も僕の事を好きでいてくれた。
今は、どうなんだろう? 栞は、まだ僕の事を好きでいてくれているだろうか。
そう考えると栞から向けられている視線が余計に怖く感じた。
「買うよ! 買います! けど、ちょっとだけ待っててくれないかな? バイトするから」
「え~、すぐは買ってくれないの?」
「今だとお金が足りなくて……なるべくすぐ買うから」
「う~ん、それならまぁいいけど、でも、もし売り切れたら嫌だから、なるべく急いでよね」
「うん。お金入ったらすぐに注文するから」
「そう、じゃ、よろしくね~」
栞は買ってもらえることが決まると一転して笑顔になり、他の友達の所に戻っていった。嬉しそうにバッグの件を喋っている様子を見てホッと一息つく。一応は納得してくれたらしい。
「栞、あんたまた幼馴染君に何か買わせたの?」
「違う違う。真はねぇ、喜んで自分から買ってくれてんの」
「アハハ! 悪女だな」
「だから違うってば」
会話の端々が聞こえてきて、少しだけ突っ込みたくなったけれど、結局は僕は何も言えなかった。
今の栞と僕の関係は、昔みたいに良いものじゃない。栞は歳を重ねるごとに女性らしく、可愛くなっていって、そして変わってしまった。
幼い頃、出会った時の栞は、今の姿からは想像もできないほど、引っ込み思案で暗い性格だったし、不健康そうで、少し汚かった。だから同級生たちからは、馬鹿にされて避けられていた。
ただ、僕は家が近所で、栞の家庭環境を知っていた。
詳細までは流石に知らなかったけれど、とにかく栞の両親の関係が悪く、栞はいつも放っておかれていたのだ。
僕は、自分も引っ込み思案で友達がいなかったけれど、栞を放っておけなかった。
少しずつ声をかけて、だんだんと一緒にいれるようになり、いつしかいつも一緒にいる関係になれた。栞が家に帰れない時は、僕の家に呼んだりして、少しでも力になろうとした。
あの頃は、栞もそんな僕を必要としてくれて、僕が傍にいると本当に嬉しそうにしてくれていたし、どこに行くにも僕の後を付いてきてくれたものだ。
栞にとって僕はただ一人の頼れる存在で、僕にとっても栞はただ一人、僕を必要としてくれる存在だった。
それから、栞の家庭環境も一応の落ち着きを見せて、栞の生活も改善し、段々と成長するにつれて、栞は変わってしまった。
昔はいつも一緒にいたのに、高校に入ってからは喋ることも減って、会話と言えば、栞から何かを買ってとお願いされる時くらい。それでも、僕が今でも栞の事が好きな事は変わらない。唯一の繋がりであるお願いを断ってしまったら、もう栞とは喋ることすらできない気がした。
だから僕は、栞のお願いを断れない。いつかまた、昔のような関係に戻れると信じていたいから。
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