第2話
そんな感じで僕が失恋したのは二年に上がって割とすぐの事だった。
今、季節は移り変わり夏が訪れている。
初恋が破れたとはいえ僕はまだ美央と一緒にいる。別に自分から離れようとは思わなかった。
例えまったく意識されていなくても、例え今告白したところで恋人になれる可能性がなかったとしても、すぐに切り替えられるほどの人生経験は積んでいないし、未練がましい僕は何かの拍子に美央が意識してくれるんじゃないかって、そう頭のどこかで思っていたのかもしれない。
自分から何か行動を起こそうとする気力は根こそぎなくなってしまったけれど、それでも傍にいたいと思う程に好きだったのだと思う。
行動を起こす気がなくなった時点で何も進歩はしないというのに、僕は美央の傍で彼女の気が変わるのを願っていた。
けれど、現実がそう甘くない事も知っていた。
美央の気持ちが僕に向くことなんて、これからも無いって事は心のどこかでは気が付いていた。このまま何も進展がないまま、僕と美央は今まで通りのどっちつかずの生活を送るのだろうと、そう思っていた。
けれど、それでも僕の考えは足りなかった。
少し考えればすぐに思いつく可能性なのに、美央の気持ちが他に向いてしまうかもしれないという事を僕はまったく考えていなかったのだ。
美央の付き合いが悪くなったのは、梅雨明けが間近になった頃だった。
夏のギラギラとした太陽がちょこちょこと顔を出すようになってから、僕と美央が一緒にいる時間は極端に減って行った。
どうしてか。理由ははっきりと分かっている。
クラスメイトの男子と仲が良くなったからだ。
その男子、
ひょろひょろとした細身の長身。背は高いのにいつもにこやかで人好きのする柔らかい表情をしていて威圧感がない。
その顔の通りに穏やかな性格をしていて、どこか抜けている所がある。
「可愛いし、なんか放っておけないよね」とはクラスメイトの女子たちが話していた岩田の評価だ。
背が高くて顔もいい。間違いなくクラスのカースト上位にいるはずなのに、まったく偉そうにしないし、むしろ皆から放っておけないと構われるようなキャラクター。
いい人だとは思う。誰とでも気さくに話す岩田とは僕も会話くらい何度もしている。
ただ一緒に遊んだりするほど仲がいいわけでもない。今年から初めて同じクラスになったから岩田の事はよくは知らなかった。
美央だってそのはずだった。
今まで僕とずっと同じクラスだった美央も、岩田との接点は今年同じクラスになって初めてできたはずだ。
それなのに、それまで僕がいたはずの場所は今ではもう岩田の物になりかけていた。
なんで美央と岩田が急接近したのかは分からない。
人を引っ張るような行動力がある美央と、どこか頼りなくて人を引き付ける岩田の波長がピッタリだったのかもしれない。
とにかくここの所二人は気が付くと一緒にいる事が増えていた。
当然そんな二人の様子に僕は危機感を覚えた。
もう恋心は死んだはずなのに。自分はまったく相手にされていないと分かっていて、今以上の位置には行けない事は理解しているのに。それでも今いる自分の立ち位置さえ危うくなるような気がして、居ても立っても居られなくなる。
「ねぇ美央、今日は一緒にお昼食べない? 久しぶりにどうかな?」
いつもはお互いに同性の友達と食べているから、そんな事を言ったのは初めてだった。恋心を諦めていなかった時でさえ、恥ずかしくて言えなかった言葉がするすると口から出る。
僕はそれだけ焦っていて、逆に考えるとそれは、二人の仲がもう僕では届かない所まで進んでしまっている事の証明だったのかもしれない。
「え? 幸斗がそんな事言うなんて珍しいね……でもごめん。今日はもう別の約束しててさ」
あぁ、と僕が落胆する間もなく「西寺さ~ん」と朗らかな声が聞こえてきた。
「待たせてごめんね。これでも急いだんだけど」
「全然平気よ。岩田君がちょっととろいのは、もう知ってるから」
「あ! 酷いよ西寺さん!」
「ふふ、ごめんごめん、冗談だから」
「あー! また俺のこと揶揄ったね!」
「だからごめんって、なんか岩田君と話してると意地悪したくなっちゃっうんだよね」
「なんだか複雑だよそれ」
「まぁ、気を取り直して早くお昼に行きましょう」
「うん、そうだね! 俺学食って行った事ないからさ、楽しみなんだよ」
「じゃあ早速行きましょ? 急がないと席がなくなるかもだから……あっ!」
岩田がやってきてから、長々と楽し気に会話をしていた美央は、ようやく忘れていた僕の存在を思い出したらしかった。
「えっと、そういうわけだから今日は無理なのよ。ごめんね幸斗」
「……いや、こっちこそいきなりだったから」
「そうね、じゃあ私たち急ぐから!」
美央はそう言ってすぐ僕に背を向けた。
「あれ、熊倉君と何か話してたんじゃないの?」
「もう終わったから、それより急ぐわよ! ほら、付いてきて!」
「わわっ⁉ 西寺さん引っ張らないでぇ!」
岩田の手を握って駆け出す美央。
楽し気に笑うその瞳は、もはや僕の事など捉えてはいなかった。
急に手を握られて慌てたまま引っ張られていく岩田の姿は、どこか昔の自分に重なるような気がした。別に僕はあんなに身長は高くないし、イケメンだと人に言われるくらい整った顔をしているわけでもない。
ただそれでも、どこか頼りない姿で美央に手を引かれている岩田の姿は、昔自分のいた立ち位置を意識させられるような気がした。
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