よく知りもしないくせに
第1話
「幸斗が恋人とか、普通にあり得ないからね」
目の前で好きな人からそんな風に言われてしまったら、誰だって傷つくんじゃないかな。
「幸斗だってそうでしょ? うちらで付き合うとか考えた事もないよね?」
そんな風に聞かれて、僕はあの時作り笑顔が崩れてしまわないように必死だった。
自分でも何て返事をしたか覚えてない。愛想笑いをしながら相槌くらいはしたと思いたいけれど、それくらいの反応も出来ていたか正直自信がない。
だって、僕は好きだったんだ。
僕の事をまるで恋愛対象には見ていない、目の前の幼馴染の事が……。
僕、
名前は
美央は昔から男の子に混ざって外で遊ぶような、元気あふれる女の子だった。
高校生になった今では流石に落ち着いているけれど、ブラウンに染めたショートカットに髪と、少し日焼けした健康的な肌がフレッシュな彼女らしさを表している。
少しガサツな所もあるけれど、明るくて、いるだけで周りを自然と元気にしてくれるような、そんな魅力のある女性にになった美央。
そんな彼女の事が、僕は昔から大好きだった。
幼稚園の時に出会いは今でも覚えている。引っ込み思案だった僕に、手を差し伸べてくれた女の子がいた。それが美央だった。
あの頃からコミュ力の塊だった美央は、僕を皆の輪の中に連れて行ってくれた。あの時美央がいてくれなかったら、僕は立派なぼっちとして成長していたかもしれない。
幼い僕にとって美央は少女向けアニメに出てくるような、可愛くて行動力のある魅力的な主人公のように見えた。あの時から僕の心の中にはいつでも美央がいた。
それからは家が近い事もあって、よくお互いの家で遊んだりもした。懐かしいあの頃の日々は忘れる事はない。
それから小学校、中学と常に一緒に過ごして来た。
もしかしたら離れ離れになってしまうかもしれない、とひそかに危機を感じていた高校受験。僕の祈りが神様に届いたのか、偶然にも志望校は一緒だった。まぁ、どちらかというと田舎になるこの近辺にはそんなに学校は多くない。
ただ、美央に志望校を聞いた時、同じだと分かってホッとしたのは、たぶん僕だけだったのだろう。
とにかく僕たちは、これほど長い間を一緒に過ごして来た。美央の事なら大抵の事は知っているし、美央も僕の事ならほとんど答えられない事はないと思う。
一緒に過ごすうちに、沢山の魅力的な所も見つけたし、よくない部分だってもちろん見た。それでも僕は美央を好きになっていった。すべてを受け入れたいと思っていた。
一年の時は本当に偶然同じクラスになり、二年生になった今は、同じ文系を選んでいたからある程度期待していた。そうして期待通りに同じクラスになれたのは良かったのに、僕は衝撃的な話を聞いてしまう事になる。
相変わらずコミュ力の高い美央は新しいクラスでも、早くも友達を作っていた。
その友達に、僕の事を幼馴染だと紹介してくれた所までは良かった。
けれど、その子から聞かれた質問から、何かが狂ってしまったのかもしれない。
「幼馴染かぁ、じゃあ二人はずっと一緒なんだね! すごいね、漫画みたい!」
「別に腐れ縁って感じで、何もないけどね」
「そうなの? 小さい時に結婚の約束とかしてたりとかは?」
「ないない。それこそ漫画だって」
「なぁんだ。じゃあ二人は付き合ってるとかじゃないの?」
「そんな訳ないじゃん。幸斗が恋人なんてあり得ないからね」
確かに僕たちは付き合ってはいない。
ただそれでも、出会ってから十年以上の年月を一緒に過ごして来た。
僕は美央に助けてもらってばかりだったけれど、美央が悲しんでいた時は寄り添って励ましたりもした。お互いに支え合ってきたって、そう思ってた。
一緒に過ごして来たその大切な時間を、まるでなかった事にされたような気がした。
「幸斗だってそうでしょ? うちらで付き合うとか考えた事もないよね?」
「……あ~、そうかもね、あはは」
何てことないふうに聞いてくる美央は、別に恥ずかしがって強がりを言っている訳でもないらしい。やれやれといった感じでため息をついている。
僕はその時、初めて美央の気持ちを知った。
いつも一緒にいて、ひそかに想いを寄せていた幼馴染。
距離が近すぎて意識しないなんて事はなく、僕にとって美央はいつも意識してしまう魅力的な女の子だった。
それこそ好きな人はいるかどうか、そんな話をする事すら恥ずかしくなるくらいに、僕は美央の事を意識していたし、いずれは絶対に恋人になりたいと考えていた。
高校生活が終わる前に、絶対にこの想いを伝えると決めていて、僕はチャンスを待っていた。
なのに結局は、勇気を出す前に僕にはチャンスすらないんだと思い知らされた。
「なぁんだ。それじゃあ二人は本当に付き合ってるとかじゃないんだね」
少しがっかりしたような声を出す美央の友達。がっかりしているのは僕の方だと言ってやりたくなった。
「小さい頃から一緒だからね。お互いの事なんてほとんど知ってるから、付き合ったって詰まらないでしょ。想像してみても今までの生活となにも変わらなそうで全然ドキドキしないもん」
「そんなものなんだねぇ。幼馴染ってもっとこう、ロマンチックなものかと思ってた。結婚の約束とかしてたりさ」
「ふふ、だからそれは漫画とかだけね、影響受けすぎだよ? 現実じゃそんな事あり得ないから」
呆れたように手をふって否定している美央。
一瞬、照れ隠しかと、自分に都合よく考えたくなった。それでも美央を見ていれば、まったく照れていない事なんてすぐに分かる。
美央は単に忘れているだけだ。
美央は漫画の中だけだと言ったけれど、僕たちは小さい頃、たしかに結婚の約束もしている。
昔から活発で世話焼きだった美央と、どんくさくてよく泣いていた僕。あの時も僕は泣いていた。何でだったか、詳しくは覚えていない。そんな僕をいつも慰めてくれていたのが美央だった。世話焼きな美央からすると、なよなよしていた僕は放っておけない特別な存在だったのかもしれない。
『もぅ、いいかげん泣き止みなさいよ。男の子でしょ?』
『ぅぅ……だって、美央ちゃん』
『あぁもぅ、仕方ないなぁ。大きくなったら私がお嫁さんになってあげるから! それならどう?』
『ホントに? ホントに美央ちゃんがお嫁さんになってくれるの?』
『あたり前でしょ! 幸斗はたよりないから、私がいっしょにいて面倒を見てあげるの! 約束してあげる』
『うん、ありがとう美央ちゃん!』
あの時の美央は僕を純粋に僕を元気づけようとしてくれていたのだろう。ただの子供の口約束だっていう事くらい、僕だって分かってる。
それでも、あの時の言葉は僕にとって宝物で、言った本人から無かった事にされるのは、少なからず辛いものがあった。
相手の事を知っているからこそ、好きになれるんじゃないのかと思った。今の一緒にいる日常が続いて何がつまらないのだろう。美央にとっては、僕と一緒の日々はそこまで魅力のないものだったのだろうか。
僕の事を知って、それほど魅力のない男だと思っているのだろうか……。
楽しそうに話をしている美央たちを置いて、僕は静かに席を立った。
「ん? 幸斗どこ行くの?」
「ん~、トイレ」
「あっそ」
興味を失ったらしい美央はすぐに友達との会話に戻って行った。
宣言通りトイレに行って、用もないのに個室に入って鍵をかけた。
個室の壁に寄りかかって目を閉じる。
さっきから心の中はグチャグチャだ。
悲しみとか、やるせなさが入り混じっていて、消えてなくなりたいような気もするし、大声で叫び続けたいような気もする。
不思議と涙だけは出てこなかった。
笑えそうなくらい脈なしだったからだろうか、ただ気力が抜けて、僕はしばらくそのまま動けなかった。
何も見えないはずなのに、美央と二人で過ごして来た日常が走馬灯のように溢れて来た。
……本当に走馬灯、なのかもしれない。
僕の恋は、死んだのだから。
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