梓沢志穂編
第12話 後悔
小さい頃の私は臆病で泣き虫で、そのくせマセてる子供でプライドが強かった。
要はちょっと面倒くさい子だったわけだ。
優しい親と私には甘い兄に大切に育てられたからかな、人からバカにされたり揶揄われるのが本当に嫌いで、そんなことをされたらすぐに泣きながら怒りだしたっけ……。
あの頃はそれでよかった。
気に入らない事があれば怒るだけでいい。そうすれば親も兄もすぐに下手に出てくれたから、だから私は、それ以外の解決法を知らなかった。
無知は罪というけれど、私は本当だと思う。
私も罪を背負う事になった。
あれは小学校一年生の時だった。
その頃の男子なんてホントバカみたいだけど、女子と話をする方法をだいたいは揶揄うことくらいしか知らない。
私もよく揶揄われたけど、バカにされることが嫌だった私は本当にそれが嫌で仕方なかった。
男子なんてみんな死んでしまえばいいのに、なんて本気で考えてたかな。
まぁ今でも一人以外はどうでもいいんだけど……。
そんな小学生の頃、ある日私は登校中に道端で思いっきり転んでしまった。
幸い誰にも見られていなかったけど、地面にぶつけた膝からは血がダラダラと流れていてものすごく痛かった。
誰かに助けて欲しかったけど、バカにされたらと思うと恥ずかしくてそれもできず、痛みも段々と強くなってきたことで私は何もできなくなり、ただただ、座り込んで泣いていた。
「大丈夫?」
優しい声が聞こえたのはそんな時だった。
声がした方を見ると同い年くらいの子がかがんで私を見ている。
バカみたいに泣いていたから目がかすんで顔はよく見えなかったけど、優し気な声と小柄な体型から、初め私はその子も女の子だと思ったのだ。
その子は私の膝を見ると、すぐに自分のハンカチを出して傷口を抑え血を止めようとしてくれた。
「ごめんね。消毒とかはもってなくて、学校に着いたら保健室に行こうね」
そのまま私が泣き止むまでその子は一緒にいてくれて、励ますように声をかけ続けてくれた。
あの時はその声でとても励まされたのを今でも覚えている。
そうして血が止まった頃に私はその子に支えてもらいながら学校に登校した。
保健室で先生に事情を説明してくれるその子には、素直に感謝の気持ちしかなかったが、そこで衝撃の事実を私は知る。
「消毒とかは全然できてないんです。先生お願いします」
「ええ、後は先生に任せてね、ありがとう小清水君」
校医の先生は何故かその子のことを小清水『君』と呼んだのだ。
少し混乱していた私は、そこで重大な事実に気が付いた。
「え、ちょっとまって、男子なの?」
「え? そ、そうだけど」
「うそ! じゃあなんでそんなに優しいのよ!?」
「そ、それほどでもないよ。でも、ありがとう」
「いや! ありがとうは私のセリフだよ!」
その時の私は感激していた。
世の中にはこんな男の子もいるんだと、まるで新しい世界を見つけたかのように興奮したのを覚えてる。
これが、私と和泉の出会い。
私にとっては衝撃的な出会いだった。
後から教室に戻ると和泉がいて、同じクラスだったのかともっと驚いたのは別の話。
和泉は他の男子とは違って泣いていた一切私を馬鹿にしたりはしなかった。
心から怪我を心配してくれ、揶揄うようなことは一切しない。周りの男子とは違うそんな和泉を私はすぐに気に入った。
「和泉、移動教室一緒に行こう」
「うん、いいよ」
「和泉、今日一緒に帰ろ!」
「わ、今から準備するから、ちょっと待ってね」
「ねぇ和泉! 今度の日曜日、私の家に遊びにきてよ!」
「いいの? 行ってみたいな」
「ねぇ、和泉、あのね、今度和泉の家に遊びに行ってもいい?」
「もちろんだよ。何して遊ぶ?」
優しくて、一緒にいると落ち着くんだけど、すごく楽しくて、心がポカポカして、和泉和泉って、私はあの頃和泉に本当にベッタリだった。
登下校を毎日一緒にするのは当たり前で、休み時間になったらかならず和泉と話をしに行って、休みの日はお互いの家で何度も遊んだ。
和泉の部屋に行った時は、幼いながらに体の芯が熱くなってくる感じがしたのを今でも覚えている。
さすがに知識もないから何もしてないけど……。
和泉と一緒にいる時間はとても幸せで、これからもずっと和泉と一緒にいるんだと、あの時の私はそう思って疑いもしなかった。
けれど、その大切な時間を、馬鹿な私は自分の手で壊してしまうことになる。
私は本当に所かまわず和泉にベッタリで、そんなに仲がいい男女がいたら、その年頃の男子がほっとくわけなくて、私と和泉はみんなの前で揶揄われることになってしまった。
「うわぁ~お前ら付き合ってんの?」
「お似合いだなぁ! ひゅーひゅー!」
「キスしてみろよ! はいキース! キース!」
「和泉みたいなひょろいのが好きとか、梓沢変わってる~」
「なぁ~、和泉なんて全然カッコ良くないし、運動もできないのにな」
今思い出しても本当に鬱陶しい。
虫と同じくらいの大きさの脳みそしか、あの頭には詰まっていなんじゃないだろうか。
まともに女の子と話をすることもできず、興味を引くために揶揄うことしかできないカスと、カスとは違い優しくて私を助けてくれた和泉。
どちらが大切なのか、どちらを気にかけなきゃいけなかったのかなんて、わかりきっていることだったのに。
幼い馬鹿な私は揶揄われることに耐えられなくて、一番最低の解決方法をとってしまった。
「はぁ~そんなわけないでしょ、なんで私が! やめてよね!」
その日は和泉が話しかけてきても無視。いつも一緒にいる休み時間も下校の時も、私は和泉を避けて無視して過ごした。
徹底して和泉に関わらないようにしたことで、私と和泉を揶揄っていた男子たちも徐々にだが、その日のうちに揶揄うのを止めていた。
これで安心だ。また明日から和泉と一緒に過ごせる。
馬鹿な私はそんなふうに考えていたと思う。
次の日の朝。いつもの待ち合わせ場所に和泉が来なかったことは、私を冷静にするのに十分すぎる出来事だった。
いや、冷静にはなれていなかったと思う。
あるのは焦りと後悔だけだった。
どうしてあんな酷いことを言ってしまったのだろうか。
どうしてあんな酷いことをしてしまったのだろうか。
自分を責めながらも私は走った。
和泉に謝るために、これからもずっと一緒にいたかったから。
「和泉!」
「……」
「……え?」
学校で出会った和泉は、目も合わせることなく私の横を通り過ぎて行った。
その時、やっと馬鹿な私は自分の行動がいかに愚かな事だったのかを想い知らされた。
私は和泉に嫌われた。
当たり前だ。自分で和泉を拒絶したのだから。
最低だ、ホント最低……。
私はその場の恥ずかしさに負けて、一時の感情に任せて、大切な和泉を拒絶した。
すれ違いざまに見えた和泉の横顔は悲しみと拒絶に染まっていた。
見ただけで自分が取り返しのつかないことをしてしまったと自覚するには充分で、私は自分が許せなくなった。
「梓沢ひで~和泉のこと無視じゃん」
「いや、和泉ってダサいことに気付いたんじゃね、オレたちのおかげじゃね」
「あぁなるほどな、おい梓沢、和泉と友達じゃないならオレたちと遊ぼうぜ」
愉快そうに笑う男子の声が最高に私をイラつかせた。
「……うるさいよ、カスみたいな存在のくせに」
「……え?」
「カスみたいな存在のくせに話しかけんなって言ってんの」
そう言って睨みつけてやると、男子たちは何も言わなくなった。
あの日から私は変わった。
あの日私が大切なものを失ったのは、どうしようもなく馬鹿で弱かった自分のせいだ。
周りの言うことを気にして、一時の感情に任せて取り返しのつかないことをした。
後悔してももう遅い。
失くなってからはっきりと自覚した。
だから、もっと大切にすればよかっただ。和泉と、自分の気持ちを。
和泉は私にとって大切な存在で、いつも一緒に居たいと思うほど、大好きだったのに……。
それから、私は強くなろうと誓った。
自分にも他人にも負けず、二度とあんなことをしてしまわないように、そしていつの日か、和泉に許してもらえる日が来たら、その時は絶対に和泉を離さない、そう心に誓ったんだ。
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