第13話 今の日常
アラームの音が聞こえて目を開ける。
身体にはジトっとした嫌な汗をかいていた。
またあの日の夢を見た。
これは戒めだ。
後悔してもしきれない、あの日の私の罪。
私が後悔していても和泉には何の役にも立たないけれど、和泉に酷い事をした私には苦しみ続ける義務がある。
私はシャワーを浴びるためにベッドから立ち上がった。
これだけ汗をかいていたら、恥ずかしくて和泉と同じ教室にいるなんて無理だ。
たとえ和泉と一言も話をしなくても、たとえ和泉に一度も見られることがなくてもそれは別の話だ。
好きな人の近くにいるのに、こんな状態では恥ずかしすぎる。
部屋を出る前に机に飾っている写真立てを手に取る。
飾っているのはあの頃、お互いの家に行き来して遊んでいた頃の私と和泉の写真。
本当なら和泉の隣に写っていたはずの私の姿はそこにはない。
自分の過ちに気付いた時、私は自分だけを切り刻んで捨てた。
能天気に笑い、自分がこの時どれだけ幸せなのかを自覚せずに過ごしていたあの頃の自分を許せなかった。
見ているだけで吐き気がして、馬鹿みたいに笑っているその顔にハサミを突き立て、原型が分からなくなるほど細かく切り刻んだ。
今写真立てに入っているのは和泉の姿だけ。
私は和泉に朝の口付けをし、その後は大切に保管しているアルバムを開く。
一ページごとに入っている和泉に挨拶をするのが私の日課だ。
「おはよう和泉。今日も私がずっと見守ってるからね」
「あ、志穂きた~」
「おはよう志穂!」
「加奈、杏おはよ~」
タイミングをみて和泉より少し後に教室に入り、いつも一緒にいる友達と挨拶を交わす。
少し先に着いた和泉は隣の席の男子と会話していた。
友人と話をする和泉は笑っていて、元気そうだった。
今朝もいつも通りの時間に出発して、だいたいこの時間に登校している和泉の後姿を見守りながら登校してきた。
登校中は危険がないようにずっと見ていたけど後ろ姿だけだ。
こうして和泉の元気そうな顔を見るとやっぱり安心する。
「……でさ、志穂はどうする?」
「んぁ、なに? ごめん、聞いてなかったわ」
ぼんやりと和泉を見ていた私は、友人からかけられた言葉をほとんど聞いていなかった。
少し呆れたような顔になった加奈と杏に見られて少し気まずい。
「まだ眠いん? 今日の放課後男子誘って遊びに行こうって話」
「これからみんなに声かけるけど、志穂も行かない?」
その提案は、私にはすぐに返事が出来るものではなかった。
和泉の出欠の確認次第で私も立場を変える必要があるからだ。
「ん~、とりあえずメンバー決まったら教えてよ」
「お! 珍しぃ、志穂こういのあんま興味ないのに」
「じゃあウチらちょっと話してくんね」
そう言って加奈と杏は男子たちに声をかけにいった。
クラスの男子を誘って遊びに行くなんて、正直に言えばまったく興味ない。
けど、和泉が来ることになるなら話は別だ。
和泉が参加するのかどうか、私はしばらく成り行きを見守ることにした。
加奈と杏が話をしていた男子たちが動き始める。
それぞれ散って他の男子に声をかけるようだ。
その中の二人が和泉たちのもとに向かっている。
こういう時、私はいつもさりげなく止めていた。
和泉はうまく隠しているけど、今でも派手目な恰好をしている奴らが苦手だからだ。
そういう人たちと話をしている時、和泉は今でも若干震えている。
きっと、あの時のことを今でも思い出しているんだと思う。
私はそれだけ和泉に傷をつけてしまった。
だから、私が和泉を守ってあげないといけないんだ。
いつも、どんな時でも……。
「志穂!結構男子も集まりそうよ」
私がじっと成り行きを見守っていると、急に杏が飛びついてきた。
「杏、いきなり抱き着かないでよ」
「ごめ~ん、それより男子が志穂も誘ってってうるさくてさぁ」
「だから私は、あ……」
杏とそんな話をしているうちに和泉の方はもう話が済んでしまったらしい。
教室を出て行こうとする和泉の姿が見えて私は焦った。
杏に気を取られて和泉が参加するかどうか聞いていなかったからだ。和泉が行くか行かないかだけでも確認しないといけない。
「杏、ちょっとごめん!」
「あ、志穂~?」
私は素早く和泉を追いかけた。
私なんかが和泉に話しかけるなんておこがましいのは分かってる。だからこれまでも必要な時だけ、最低限の会話を心がけてきた。
私にはそれでも許される事ではないのだけど……。
「今日行かないの?」
「あ、ぁ、梓沢さん」
和泉から返ってきたのは想像通りの反応だった。
戸惑い。驚き。怯え。
これが今の和泉が私に抱いている感情だ。
私がしてしまったことの報いで、今の私には受け入れるしかない現実。
「で、どうなの? 放課後、来るの?」
「あ、いや、生徒会があるから」
「そっか、引き止めてごめん」
会話が終わったと思うと、和泉はすぐに私から離れて行こうとする。
その和泉との距離感に寂しさを感じずにはいられない。
とりあえず放課後の件に和泉が参加しないことはわかった。それなら私も参加する意味がない。
私は今日の誘いを断るべく教室の中に戻った。
「あ、志穂~急にどうしたの?」
「ごめん、別に何でもない。それより今日の放課後の、やっぱり私パス」
「え~!? 梓沢さん来ない!?」
放課後遊びに行くメンバーだろうか、私たちの会話を近くで聞いていた男子が叫ぶ。
本当に鬱陶しい。和泉がいない所に私が行くわけがないというのに。
「ごめ~ん、用事あったの思い出したんだわ」
「それなら仕方ないね、男子もそんな騒ぐな!」
その場は加奈が男子を黙らせて収束した。
私は話しを合わせていたけど、さっき少しだけ話をした和泉の顔が頭から離れなかった。
あの頃、いつも一緒に遊んでいた頃とはまったく違う顔。
あれが今の私に対する和泉の反応だ。
あんな状態の和泉にただ謝ったところで、まともに話を聞いてくるとは思えない。
けど、それでもいつか必ず……。
そんな事を考えていた私に、チャンスは意外と早くやってきた。
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