第5話
「いつも笑ってますけど、そんなに勉強が好きなんですか?」
「えっと、そうですね」
「その割には成績は良くなさそうですね。一度も名前を見た事がないですよ?」
明らかにこちらを馬鹿にしたような声色だった。
特に接点もない女の子からこんな風に罵られる理由が僕には特に思いつかない。
単に自分が成績優秀者だから下の人間を馬鹿にしているだけだろうか。
それくらい単純なら分かりやすくていいのだけど……。
「うん。頑張ってはいるんだけど」
「私から言わせてもらえば、ヘラヘラ笑ってる時点で努力してるとは言えないと思いますよ。見てて反吐が出そうです。目に入るといつもイラつきました」
煽るような彼女の言葉。
ただその言葉からは単に馬鹿にしているというより、何か彼女の憤りのようなものを感じた。
勉強に対する並々ならぬ想いでもあるのかもしれない。
自分が本気で取り組んでいるところにヘラヘラしている奴がいたからイラついたのかと思った僕は、今後の事も考えて大人しく謝ることにした。
「ごめんなさい。本当は勉強が好きというわけじゃなくて、ここに来るのが好きなんです」
「はぁ? 何言ってるんですか?」
「えっと、僕の傍にはいつもある人がいるんです。その人はすごい優秀で、クラスメイトとか、僕の親も、皆がその人を褒めるんですよ。学校とか家にいるといつもその人と自分を比べちゃって、勝手に惨めな気分になるんですけど、ここにはその人がいないので、比べられたり自分で比べる事もしなくて済むから、だからここに来るのが楽しいんです」
きっと急に自分語りを始めた僕はさぞかし気持ち悪い事だろう。
ただそういう理由で笑ってしまっていただけで、不真面目にしていたわけではないと、そう伝えられたら充分だ。
あとは目に着かないようにひっそりとしていれば、この女の子がまた絡んでくる事もないだろう。
そう思って話をしていると、僕の予想とは違って彼女は身を乗り出して僕の話に聞き入っていた。
「いつも一緒にいるって、それって兄弟ですか?」
「あ、いえ……幼馴染です。小学校からずっと同じ学校で、家も近いから両親も知ってるんですよ」
「……家族じゃなくても、親から比べられたりするんですね」
「えっと、僕の親はですけど」
よく分からないまま黙り込んでしまう彼女。
しばらく待ってみたけれどもう何も言ってこないみたいで、僕はこれ以上イラつかせないように休憩室から離れる事にした。
「あの、これからは不快にさせないように気を付けますから、それじゃあ」
「……待ってください!」
急に袖を掴まれて驚いた。振り返ると彼女自信も自分の行動に驚いたようで、慌てて手を離して頭を下げて来た。
「さっきはすみません! 私、イライラしてて、関係ない貴方にあたってしまいました。本当に失礼なことをして、ごめんなさい」
その謝罪には最初に話しかけられた時とは打って変わって、とげとげしい空気は一切感じられない。
本当に申し訳ないと思っているようで、そのあまりの変わり具合に戸惑ってしまう。
「えっと、お気になさらず」
そう言うのが精一杯だった。
ただ彼女の様子を見るにどうやらこれ以上絡まれる事もなさそうで、安心して休憩室から出ようとするとまた彼女に袖を掴まれていた。
「えっと、まだ何か気に入らない事でも?」
「ち、違います! あの、わ、私もなんです!」
意を決したように叫ぶ彼女。
その大きな声はきっと休憩室の外まで響いているだろう。僕は怒られないか気が気じゃなくなった。
「とりあえず落ち着いてください。その、声が大きいですよ」
「す、すみません!」
聞いてくれているのか分からない反応を返されて困る。
注意する間もなくまた彼女が喋り始めてしまいって、とりあえず僕だけは大人しくしていようと静かに座りなおした。
「私、姉がいるんですけど……頭がよくて今はいい大学に通ってるんです。私、親にいつも姉と比べられてて、それで塾にも通わされてて、今日もそれでイライラしてて貴方にあたってしまって……けど貴方の話を聞いてたら、なんだか共感しちゃって、あぁ、うまく纏められないけど、本当にごめんなさい!」
心からあふれ出してくるようなその言葉を聞いて、なんとなく彼女の境遇が理解できた気がした。
近い場所にいる完璧で優秀な存在。
嫌でも比べられてしまうし自分でも意識して比べてしまう。
きっと彼女も僕と同じで惨めな思いをしていたのだろう。
それが分かればもう理不尽にイライラをぶつけられた事も気にならなかった。
深く事情を聞こうとは思わない。話す彼女も辛いだろうし、聞いているだけで僕も辛くなりそうだ。
「あの、もう気にしないでください。えっと、お互い大変ですね」
「……ふふ、そうですね。ありがとうございます」
ぎこちなく笑いかけてみるとよっぽど変な顔だったのか、彼女も少し笑ってくれた。
不機嫌そうな顔から一転して、とても可愛らしい笑顔だった。
「私、
「あ、すいません、僕は相良至です」
「あの、もしよければ……これからも話しかけていいですか?」
「え? それは、別に構いませんけど」
「いきなりごめんなさい。同じ境遇なんだと思ったらつい」
「いえ、僕も周りにはこんな悩み言える人がいないので」
そう答えると速水さんは嬉しそうな顔を見せてくれた。
お互いに似た境遇の者同士の出会い。
速水さんとの出会いは最初こそ最悪だったけれど、僕にとってかけがえのないものになっていくのだった。
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