第6話


 速水さんと塾で会話をするようになってから、僕たちは急激に仲良くなっていった。


 塾の休憩室が僕たちの憩いの場所だ。


 とくに相談したわけじゃないけれど、いつも同じ時間に休憩室で会うのが僕の楽しみになった。


 初めての会話ですでにお互いの深い部分にある悩みを知ってしまったからか、お互いに気恥ずかしいいという事がなくなったのかもしれない。


 自然とプライベートなことも話すようになったし、普段なら思い出したくもない自分のコンプレックスの相手の愚痴も聞いて欲しいとすら思った。


「え? じゃあその新子さんって人は家にまで普通に入って来るって事?」

「そうだよ。昔から遊びに来てたから僕の親も我が子のように普通に受け入れるからね、僕がいないときに勝手に部屋にいれてたりするくらいだから」

「うわぁ、それはキツいわ。しかも親の前で泣かれるとか、ご愁傷様としか言えないわね」

「あれはキツかったなぁ。たぶん人生で一番親から怒鳴られたし、なんで麗香があそこまで僕に構うのか意味が分からないよ」

「相良君の事が好きなんじゃないの?」

「まさかぁ……まぁ麗香の事なんて僕には分からないし、分かりたくもないけどね」

「嫌いではないって言ってたけど、よっぽど嫌いじゃない。まぁ私もそうだけど」

「お姉さんなんて、いつも家にいるから逃げ場ないじゃん」

「ホントにね。大学生になって家から出て行ってくれたけど、一年前はもっとキツかったわ。それこそこんな風に愚痴を聞いてくれる人もいなかったし、もっと早く相良君と会いたかったな」


何気なく言われたその言葉に僕の心臓が大きくはねる。


 言った本人も後からなんとなく恥ずかしくなったらしく頬を少し赤く染めていた。


 そんな彼女の顔を見ていると僕も溢れる思いが止まらなくなる。


「僕も、もっと早く速水さんと会いたかったな」

「あ、そ、そう?」

「うん。速水さんとこうして喋るようになってからね、毎日楽しいんだ。麗香といると落ち込む事はあるけど、塾に来たら速水さんに会えるなって思うとなんだか頑張れるんだよね」

「えっと、ありがとう」

「いや、こちらこそ、毎日の活力をありがとう」

「いや、私の方も相良君と話すの楽しみだから」


今まで誰にも言えなかった想いをお互いに吐き出し合える相手。


 僕にとって速水さんの存在はすぐに大きなものになっていった。たぶん、彼女からもそう思ってもらえていたと思う。


 元から麗香から離れられる唯一の場所で、自分から好きで通っていた塾がもっと楽しみになった。


 今までは週二日だったけれど、親に頼んで週四日まで増やしてもらった。


 とっくに部活には行かなくなっていたし、成績も塾に通い始めてから少し上がっていたから親にも反対されることはなかった。


 速水さんの親は勉学に厳しいらしく週五日で塾に通っているから、平日はほぼ毎日のように顔を合わせるようになった。


 麗香から離れられる時間が増えて、その分の時間を速水さんと一緒に過ごす。


 雑談する時間も日に日に増えて速水さんから勉強を教えてもらえたりもした。


 僕にとって塾での時間は楽しいもので、日々の活力として満足していたけれど、どうやら速水さんは塾だけでは満足できなかったらしい。


「ねぇ、連絡先教えてよ」

「え? どうしたの急に?」

「いや、もし家で勉強してて分からない所があったら教えてあげるわよ。それに、塾の無い日もストレスは発散できた方がお互いよくない?」


髪の毛をくるくると指でいじりながら、そんなもっともそうな理由を語る速水さん。


 若干の不安を滲ませたようなその表情は、見ていて安心させてあげたくなるような庇護欲をそそられた。


「……分からないところがあったらいつでも連絡していいから」

「うん。ありがとう」


僕は顔が熱くなっていて、絶対に赤くなっているだろうなと思ったけれど、速水さんの顔もほのかに赤く染まっていて、同じだと思うと恥ずかしさよりも嬉しさが大きくなった。


 それからは毎日のように連絡し合うようになり、塾がある日でもそれは関係なかった。


 別に僕たちは付き合っている訳ではない。


 まだお互いに苗字で呼び合っているし、実際に会うのは塾でだけという関係だ。


 けれど速水さんの事を意識していないというのは嘘で、僕の中では速水さんが日に日に大きな存在になっていた。


 そんなある日の事。


『実は行きたい所があって』

『今度の日曜日、一緒に出かけない?』


速水さんから送られてきたメッセージに心臓が高鳴りだす。


 大きな鼓動が耳のすぐ傍でなり始めて身体が熱を持ち出した。


 僕の返答はもちろんイエス。


 メッセージを送るとすぐに速水さんからも返事が来た。


『ありがとう。すごい楽しみ』


そんな短い文の中に彼女の気持ちが凝縮されているような気がして、僕の胸の高鳴りが止まらなかった。


 ただ、どうしても僕は邪魔されてしまう運命にあるのかもしれない。


 次の日の学校で、僕は選択を迫られる事になった。

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