第10話 みんな邪魔


 昼休みに梓沢にした忠告は無駄に終わった。


 今になって考えれば、あんな女と話し合いをしようと思った私もバカだったのかもしれない。


 まともに会話もできないような女に手を引くように伝えるより、和泉に直接話をする方がよかった。


 午後の休み時間を使って和泉と話をするため、私はチャイムがなると同時に教室を出た。




「……なに?」

「いや、それこっちのセリフだし」

「上級生がウチらのクラスにいったいなんのようですかぁ?」


 和泉の教室に入ろうとしたところで、私は数人の女生徒たちに行く手を阻まれた。


 女生徒たちはドアの前に立ちふさがるようにして立ち、私が通ろうとしても避ける気配もない。


 ちゃらちゃらした見た目をしていて頭が悪そうな外見の女生徒たちは、見た目的にきっと梓沢の仲間なのだろう。


 真面目に学校に来ているわけでもなく、男にモテる事しか考えていなさそうな底辺の女たちは、全員が私に敵意のこもった視線を向けて来た。


 こんな頭の悪そうな女たちにまともな会話ができるか分からないけれど、私はとりあえず言葉で解決してみようと試みる事にした。


「このクラスにいる和泉に会いに来ただけよ。貴女たちには特に要はないから通してくれない?」


 けれど、やっぱりというか当然というか、彼女たちに人の言葉は難しかったらしい。


 何が面白いのか意味が分からないけれど、私の言葉を聞いた女生徒たちは、馬鹿にしたように鼻で笑ってきた。


「通すわけないじゃん。小清水のこと虐めてんでしょあんた」

「小清水は体調悪いのに、無理やり働かせようとするなんてサイテー」


 正直梓沢の仲間に話が通じるとは思っていなかったけど、予想以上に頭が悪いらしい。


 和泉は本心では生徒会で私と一緒に働きたいと思っているはずなのに、それもわからず梓沢にいいように利用されているんだろう。


 かと言って私の邪魔をしてくるのだから特に同情する気にもなれないけど……。


 結局、頑なにどかない女生徒たちのせいで、そのまま和泉には会えずに休み時間は終わってしまった。


 ただでさえ気分が悪いというのに、余計な邪魔が入ってますますイライラが募る。


 何とか自分を落ち着けて、私はどうすれば邪魔が入らないか考える事にした。


 また休み時間に行っても同じ事の繰り返しで邪魔をされてしまうだろう。なら、帰り際の和泉を捕まえれば邪魔されないかもしれない。


 流石に帰り道で和泉を捕まえれば、そこまで付いてきている女生徒はいないだろう。


 私は放課後まで大人しく待つことにした。




 けれど、そんな私の作戦も思わぬ形で邪魔されてしまうことになる。


「湊! 私の話を聞いて! お願いだから!」

「……どいてよ姫野」


 放課後。すぐにでも用意をしたかった私の元に隣のクラスから姫野がやってきた。


 しかも教室で、他にまだクラスメイトたちがたくさんいる中で大声で謝罪を始める始末。


 気になってやってきた野次馬も増えて、とてもすぐに教室を出れるような空気ではなくなってしまった。


「ねぇ湊、あの日の事、まだ怒ってるんでしょ? ごめんなさい」

「もうそのことはいいよ姫野」

「嘘、だってあの日からまともに話もしてくれないじゃん。私、謝るから」

「いや、だからもういいんだって、そんなことより私急いでるの!」

「……やっぱり許してくれないの?」


 あぁ、なんて鬱陶しいんだろう。


 私はいいって言ってるのに、こちらの話しも聞こうとしない姫野は邪魔でしかなかった。


 私には姫野は本気で謝りたいわけじゃないように見えた。ただ優しくしてほしくて上っ面だけの謝罪を繰り返しているみたいだ。


 だって本当に謝りたいのなら、私の邪魔をするはずがないのだから。


 私は急いでいるのにこうしている間にも時間はどんどん過ぎて行ってしまう。


「姫野、私の言ってることがわからないなら本当にもういいよ。私、今急いでるから、さようなら」

「あ……みな、と……」


 私は姫野を置いて無理やりその場を後にした。


 それでも引き止められてしまったせいで、だいぶ時間をロスしてしまっている。


 急いで和泉の教室に向かったけれど、時すでに遅く、和泉はもう帰ってしまっているようだった。


「……チッ」


 姫野のせいだ。


 今回は姫野のせいで、また和泉と会うことができなかった。


 ほんと最悪だ。


 梓沢も、姫野も、梓沢の取り巻きも、和泉の後任をさがしている先生も、何でみんな私と和泉の邪魔をするんだろう。


 私も和泉が好きで、和泉も私のことが大好きなのに、それなのにみんなが私たちの邪魔をする。


 まるで私と和泉以外の他人はみんな敵みたいだ。


 この世界が私と和泉を引き裂こうとしているのかと感じてしまう。


 やっぱり私には和泉だけしかいないのかもしれない。


 和泉だけが私の味方で、和泉さえいてくれたら他にはなにもいらない。


 明日はどんな邪魔にも屈せず必ず和泉と話をしようと決意する。


 これ以上、和泉と会えない日々なんて我慢できない。


 和泉と話せばすべてが変わるはずだ。


 きっと和泉は私の元に戻ってきてくれる。


 そう信じて私は何の疑いもしなかった……。




 翌日。早朝から徐々に生徒たちが登校してくる中、私は確実に和泉に会うために、一番に来て昇降口で待機していた。


真面目な和泉のことだ。割と早い時間に登校してくるだろうと私が考えていた通り、和泉はすぐに登校してくるのが見えた。


 やっぱり私と和泉は以心伝心なのだろう。


 和泉のことが全てわかるようで、私は嬉しかった。



 なのに、和泉の隣に梓沢がいるのを見て、幸せな気分もすぐに台無しになった。


 あの女はどこまで和泉に迷惑をかけるのだろうか……。


 そのまま待っていると、私に気が付いたのか和泉と目が合った。


 すぐに視線を逸らす和泉は、相変わらず私に笑顔を向けてくれない。こわばったような表情は見ているだけで悲しくなった。


 すぐに隣にいた梓沢も私に気が付いたらしい。鬱陶しいことに和泉を隠すように前に出てくる。


 彼女でも気取っているようなその態度が気に入らない。


 もし梓沢が本当にそんなふうに考えているのだとしたら勘違いも甚だしい、私は思わず笑ってしまいそうになった。


「和泉、おはよう」

「待ち伏せですか? ずいぶん怖いことしますね」


 和泉に挨拶をしたのに関係のない女が返答を返してくる。


 怖いのは勝手に彼女面をしているそっちの方だろう。


「私は和泉と話してるの、貴女は邪魔だから勝手に会話に入ってこないで」

「和泉に何の用ですか?」

「私の言ってることわかる? それとも日本語がわからない?」

「先輩こそ、和泉が委縮してるのがわからないんですか?」

「それはあなたが、和泉を騙しているからでしょ」

「妄想も甚だしいんですけど」


 梓沢は引く気がないようで、和泉との間に立ちふさがり続けている。


 だけどこの状況なら関係ない。和泉には私の言葉が届いている。


 私が語りかけていれば必ず答えてくれるはず。


 そして、私の考えは間違っていなかった。




「……先輩」

「和泉! 和泉! やっと返事をしてくれた。目が覚めたんだね。ほら、こっちにきて、今までみたいに一緒にお話ししよう、ね」


私は俯く和泉に手を差し伸べた。




「ご、ごめんなさい。今はまだ先輩と話をしたくないんです。失礼します」


 一瞬、目の前が真っ白になって何も見えなくなった。


 和泉は何を言っているのか私にはまったく理解できない。


 差し伸べた私の手をすり抜けて、和泉は梓沢と一緒に学校に入って行く。


 私は混乱していて、和泉を追いかけることができなかった。

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