第2話 トラウマ
「葉山君おはよー」
「あ、おはよう小清水!」
「葉山君は今日も元気だね」
「まぁな挨拶は元気よくした方が、された方も気持ちいいだろう」
教室に着いた僕は席に座りながら隣の席の友人に挨拶をする。
彼は
眼鏡をかけたしっかり者、それが彼を見た第一印象。話してみると見た目通りの真面目な人だったけど、それでいて気さくで、僕も付き合いやすく気が合った。
今は席も隣だし、こうしてよく話をしている。
ちなみに小清水っていうのが僕、
「今日は放課後、生徒会か?」
「うん、今日は会議があるからね」
「そうかぁ、たまには放課後遊びに行来たかったんだが、それはまたの機会だな」
「ごめんね、今度絶対行こうね!」
なんてふたりで話をしていると、ドッと教室が騒がしくなった。
どうやら後ろの方の席で何人かのクラスメイトが盛り上がっているようだ。
大きな声の会話は、意識しなくても自然と耳に入って来る。
「じゃあ決まりな! 今日の放課後はみんなでカラオケ!」
「女子たくさん集めてくれよ~」
「あんたらも男子ちゃんと集めてよね、あんたたちだけだったら行かないから!」
「ひで~、そうだ! 梓沢誘って、梓沢!」
「お前は梓沢さん大好きね」
「だってカワイイだろ~マジで」
「志穂は誘うに決まってんじゃん。ま、あんたじゃ釣り合わないから諦めな」
「ひで~‼」
良く言えば活気がある。悪く言えば単に五月蠅い。どう思うかは人それぞれだと思うけれど、明るい笑い声が教室に響いた。
「はは、あいつらの方がいつも元気だな」
「…そうだね」
盛り上がっていたのは、少し制服を着崩して明るめの髪の色をしている何名かの男女。
別に悪い人たちではない。実際に僕もよく会話するから知っているけれど、皆明るくていい人たちだ。
けれど、僕はあの一団を見ていると、勝手に過去の出来事を思い出してしまって、どうしても苦手意識を抱いてしまう。
自分でもよくない事だと分かっているけれど、これだけはいつまでもなおせそうになかった。
そんなことを考えていると、後ろで盛り上がっていた中の男子が何名かがこちらに近づいてきた。
「なぁなぁ葉山に小清水! 今日さ、女子たちとカラオケ行くことになったんだけど一緒に行かね?」
「他にも行けそうな奴ら誘おうと思ってんだけどさ! 絶対楽しいから二人も行こうぜ!」
こんなふうに気さくに誘ってくれるクラスメイトがいる僕は本当に恵まれているのだと思う。
あの時、小学生の時のクラスメイトも、今のクラスメイトのようにいい人達だったなら、僕はあんなトラウマを抱えなくてすんだかもしれない。
考えても仕方ない事だけど、こうしてクラスメイトに恵まれた事を実感すると、僕はいつもそんなふうに考えてしまう。
ただそれでも、誘ってもらえるのは本当に嬉しいけど、あの集まりに入って行くのは僕には若干ハードルが高かった。
「残念、俺も今遊びに誘ったんだけど小清水は今日、生徒会だ」
「うぉ、マジかぁ~、じゃあ小清水は来れないな」
「うん、今日はごめんね」
「いや、仕方ねぇさ、生徒会頑張れよ」
残念そうに説明してくれる葉山君と、それを聞いてがっかりしてくれる皆は本当にいい人たちだ。見た目だけで苦手意識を持ってしまう僕とは大違い。
生徒会は大好きで、自ら望んでやっている事だけど、皆と遊べないのが少しだけ残念だと思えた。
「んで、葉山は?」
「俺は行ける。美声を披露してやろう。悪いな小清水」
「それこそいいって、僕も好きで生徒会やってるし」
「おぉ~、さすがやなぁ」
クラスメイト達との何気ない会話。
だけど、昔の僕にはこんな会話すらできなかったと思う。
昔の光景に重ねて勝手に苦手意識を持つ、どうしようもない僕。きっと昔のままだったら、誘ってもらっても挙動不審になるのがオチだっただろう。
そんな性格を少しでも変えられたのは、やっぱり湊先輩のおかげだ。
恋は人を変えるんだ! なんて本気で思った。そんなことは恥ずかしいから口には出さないけどね。
放課後の話をするために葉山君と皆が後ろの席の方に戻って行く、参加しない僕は、授業前にトイレに行っておこうと思い席を立った。
「今日行かないの?」
廊下にでた瞬間に横から声をかけられた。
ともすれば聞き逃してしまいそうな程小さい声。
最低限の用件だけを問うその声が誰の声か僕にはすぐにわかった。
「あ、ぁ、
「……」
彼女、
肩まで伸びたふわっとした明るい茶色の髪に、短いスカートからのびる健康的な脚、校則では指定されていない色の派手なカーディガンがとても目立っている。
彼女は、僕の苦手な人。
「で、どうなの? 放課後、来るの?」
「あ、いや、今日は生徒会があるから行きません」
「そっか、引き止めてごめん」
そう素っ気なく答えた梓沢さんは教室に戻って行った。
僕も踵を返して教室から離れた。どうして教室ではなく、人気の少ない廊下に出た瞬間にあんな事を聞きに来たのかは何となく分かる。
たぶん、彼女は僕が 参加しないことを確認したかったんだと思う。
普段はとても明るく、男女問わずたくさんの友達に囲まれている彼女が、一切の笑顔なく用件があるときだけ必要最低限の会話をする。そんなに嫌われているのはこの学校でも僕だけだろう。
彼女も当然今日の放課後は誘われているはずだ。だけど僕が来るのは嫌で、僕が参加しないとわかった今、正式に参加することをみんなに伝えに行ったのだろう。
僕の想像通り、もうだいぶ離れた教室からは男子の叫ぶような声が聞こえてきた。
梓沢さんは男子から人気があるから、きっとみんな喜んでいるんだろう。
梓沢さんは僕が嫌いで、僕も彼女が苦手。
だって彼女は、小学生の時、僕が怪我の手当をした子で、その後拒絶された女の子なのだから……。
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