歪んだ形。たとえ歪な関係だったとしても気にしない。絶対に相手が望まぬことだとしても。 ~歪な関係の短編集~

美濃由乃

僕の完璧な幼馴染

第1話


「じゃあこの問題は……相良さがら、できるか?」


僕、相良さがらいたるは、教師に名前を呼ばれた瞬間憂鬱な気分に包まれた。


 それは数学の授業中の事。高校生になって授業に付いて行くのが難しくなり、二年になった今はそれが余計に顕著になった。今も提示された問題は難しく、与えられた時間をフルに使っても僕にはどうしても解くことが出来なかった。


「……分からないです」

「そうかぁ、けっこう時間とったんだけどなぁ……誰かできた奴いるか?」


がっかりしたような教師の声。反応はそれだけで教師はすぐに僕への興味を失ったみたいだった。


 そんな反応も慣れっこだ。僕は昔から誰かに期待されるような事なんてあまりなかった。


 何故なら、僕の傍にはいつも優秀な人がいたからだ――。



「はい! 私解けました!」


元気よく手をあげたのは、僕の真後ろに座っている一人の美少女。


 長い黒髪が美しく、整ったその顔立ちは可愛いというよりは綺麗と言う方がしっくりとくる。背筋がのびた綺麗な姿勢は自信に満ちていて堂々としており、その在り方に一切の躊躇がない。


「おぉ新子あたらし! じゃあ前に来て解いてくれるか?」

「はい!」


教師の期待に満ち溢れた声に何てことはないという風に答え、前にでたその少女はスラスラと問題を解き、すぐに答えを導き出してみせた。


「うん、正解。流石だなぁ新子」


教師が感心したように手を叩けば、教室中からクラスメイトたちの感嘆の声が上がる。


 皆からの賞賛の声に包まれて、それでも彼女は得意げになったりするような事もなく謙虚に笑っていた。


 容姿端麗で頭脳明晰。それに運動も出来るのだから完璧だと周りから言われているのも納得できる。


 そんな絵にかいたような存在。それが新子あたらし麗香れいかという少女。僕の幼馴染だ。


「いえ、これくらいは」

「はは、謙遜するなって、じゃあ解説するから分からなかった奴はちゃんと聞いとけよ」


教師が僕を見て言う。


 嫌味だと思ったけれど、実際に解けなかったのだから仕方ない。しっかり理解するために教師の話に集中しようとすると、前から戻って来た麗香が後ろから僕に耳打ちしてきた。


「あとで私が教えてあげるから、気にする事ないよ」


耳元で囁かれるその慰めの言葉に、僕はただ無言で頷きを返した。




「そうそう、だからこの答えになるの。至は流石だね、すぐ理解できちゃうんだもん」

「うん……まぁ」


休み時間。授業が終わり教師が出ていくと、麗香はすぐさま先ほどの問題の解説を始めた。


 学年成績トップの実力は伊達じゃなく、教えた方も上手い麗香の講義にはいつの間にかクラスメイトたちも集まって来ていて、今では周りには人だかりが出来てしまっていた。


「すぐ理解する至もすごいけど、やっぱり新子さんの教え方が上手いんだよ!」

「そうそう! 新子さんに教えてもらったら、馬鹿な俺だってこれくらい分かるようになるって」

「麗香ちゃんってホント凄いよね! 今度私にも勉強教えて欲しいなぁ」

「あッズルい! 私だって麗香ちゃんに教えて欲しいのに!」

「いやぁ至は新子さんが幼馴染だなんて羨ましいわなぁ」


盛り上がるクラスメイトたちに囲まれる麗香と僕。


 麗香の注意が離れた頃を見計らって、僕は静かに席を立って輪を抜けた。


「あれ、どこに行くの至?」


あれだけの人数の相手をしながら、離れて行く僕の事もしっかりと見ていたらしい。麗香が僕に呼びかけると、邪魔をしてはいけないとでも言うように、今まで騒ぎ立てていたクラスメイトたちが静まり返える。


「いや、トイレだよ。言わせないでよ恥ずかしいな」

「ごめんごめん。私も一緒に行くよ」

「いやいや、それより皆にも数学の問題教えてあげなよ」


何気なく立ち上がろうとする麗香を僕は慌てて止めた。周りのクラスメイトたちも僕の意見に同意してくれて、麗香は「それなら」と座りなおしていた。


 皆の中心になっている麗香を確認して、僕は一人で教室を出る。


 もちろんトイレには行かない。そのまま通りすぎて階段を下り、渡り廊下から外に出て、近くに設置されている自販機で飲み物を買った。


 そのまま自販機の横に座り込んで時間を潰す。


 教室にいる時は息が詰まりそうになるけれど、こうして一人でいると随分楽になった。


 僕は正直に言えば麗香がついて来なくてほっとしていたんだ。


 いつの頃からだっただろう。今となっては覚えていないけれど僕は麗香と一緒にいるのが苦痛になってしまっていた。

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