第2話


 別に麗香が嫌いなわけじゃない。ただ一緒にいたくないだけ……。


 昔は一緒にいるのが当たり前だった。それがどうして苦痛になったのかというと、単に自分が惨めになる気がするからだった。


 学力は平均、運動はあまり得意じゃない。そんな僕の傍にはいつも麗香がいて、僕には出来ない事を軽々とやってのけ、それでいて僕を手助けしてくれる。


 周りは僕に見向きもせず、麗香だけが注目されるけれどそれは別に気にならなくなった。


 平凡以下の男子と超高校級の女の子がいたら、誰だって女の子に注目するだろう。


 僕が嫌なのは僕自信が、麗香と自分を比較してしまう事。


 僕には出来ない事も、麗香は簡単にやってのける。


 それは勉強だけじゃなく、あらゆる日常の分野、その全てで変わる事がない。


 僕には出来ない、麗香には出来る。


 僕には出来ない、麗香には出来る。


 僕にはできない、麗香にはできる。


 そんな現象ばかりが目の前で起こると、嫌でも自分が惨めになってくる。


 単に努力が足りないと言われればそれまでだし、実際にそうなのだということは分かっている。


 何故なら今では完璧な美少女として皆の中心になっている麗香も、昔はそうではなかったからだ。


 僕と麗香が出会ったのは小学校に入る前、家が近所だった僕たちは親同士の交流もあって仲良くしていた。


 あの頃の麗香は今の姿からは想像も出来ないと思うけれど、太っていてどんくさかった。


 小学校に入ったばかりの頃は、馬鹿な男子からいじめられる事もあったくらいだ。それに勉強もあまり得意ではなく、なんなら僕が麗香に勉強を教えてあげていた事もある。


 まぁそれも小学校低学年の頃までの話で、麗香は成長するにしたがって、どんどんと綺麗になっていった。


 麗香が痩せるためにいつも運動をして努力していたのを僕は知っている。夜遅くまで必死に勉強しているという麗香を、あの頃は素直に応援していた。


 一緒になってランニングしたり、お互いの家で勉強を教えてあげたりして、二人で一生懸命に頑張っていたあの日々は、今でも美しい想い出として僕の心の中に残っている。


 今では誰もが認める美少女になって何でもできるようになった麗香が、それでも謙虚な姿勢でいるのはこういう過去があったからなのだと思う。


 得意にならず偉ぶる事もない。そんな麗香の性格も彼女が完璧だと言われている一因だ。


 一歩一歩、確実に自信を高めて来た麗香。


 僕はあの頃、麗香が成長していく姿を見るのが嬉しかった。


 そのはずだったのに、麗香と僕の立場が逆転してから僕は素直にそう思う事が出来なくなっていた。


 日頃の運動の賜物か、麗香は痩せて背も伸びると綺麗になった。


 今まで散々馬鹿にしていた男子が掌を返す様は、見ていてとても痛快だった。


 ただ今まで一緒にしていた運動に、元々そこまで身体を動かす事が得意じゃなかった僕の方が付いていけなくなった。


 毎日一緒にしていた勉強も、学年を重ねるごとに難しくなっていき、中学の時にはもう僕が麗香に教えられる事がなくなったばかりか、麗香から教えてもらう事が増えてきた。


 初めのうちは、麗香の成長が素直に嬉しかったはずなのに、高校生になった今でははっきりと自分と麗香の立ち位置が入れ替わってしまっていて、その事を認識してしまってからは、麗香の成長を心から喜ぶ事が出来なくなった。


 何も進歩がない自分と、何でも出来るようになった麗香。


 その構図ははっきりとしていて、もう取り繕う事も出来ない。


 どんどんと成長していく麗香と何の進歩のなく停滞している自分。


 麗香は僕なんかでは届かないような場所に行ってしまった。


 今までの自分の立場がまるっきりなくなった僕は、ただただ惨めな気持ちになってしまう。


 けれど、本当に一番惨めになるのは麗香が僕を持ち上げる時だ。


「至は流石だね」

「凄いよ至!」

「私がこうしていられるのは、全部の至のおかげだから」


 今でも麗香はそんなふうな事をよく口にする。


 別に大した事じゃなくても、そうやってすぐに僕を褒めてくれる。


 麗香から褒められるということは、クラスメイト達には嬉しい事なのかもしれないけれど、僕にとってはそうでもない。


 麗香なら普通に出来る事なのだろうし、出来たらところで別に凄くない事を、そんなふうに褒められても、わざと持ち上げられているようにしか感じないからだ。

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