第3話
昔の麗香は周りから馬鹿にされるような存在だった。
だから僕なんかと一緒にいたのも理解できる。
けれど今となっては麗香は周りに人を引き付ける側の存在だ。なのに彼女はまだ僕なんかの傍にいる。
麗香とは対照的にまったく進歩しなかった僕には何も取り柄がない。
勉強も運動も、芸術的な面でも、何も人と比べて優れている事がない。
本当なら凡人の中に埋もれて、誰からも注目される事のないクラスでも目立たない存在になっていたはずだ。
今僕がそうなっていないのは、ただ麗香がいつも隣にいるからだ。
人気者の麗香が未だに僕から離れず、僕だけを特別扱いする。
何も出来ない男が人気者の女の子から特別扱いされていたら羨まれるのが普通なのに、麗香の人徳のおかげか僕まで皆からそれなりに一目置かれるようになった。
麗香に同意するように、皆も僕を褒めてまわりに人が集まって来る。
まぁ皆僕を通して麗香に気に入られたいのだと言う事は分かるけれど、思ってもいない事を言われ続けるのは想像以上にとても居心地が悪い。
口先だけの褒め言葉なんてもううんざりだった。
ただ、もしかしたらだけど、麗香だけは本心から言ってくれているのかもしれない。
麗香の律儀な性格なら昔の事をまだ感謝していて、逆の立場になりそうな僕に恩返しをしてくれているのかもしれない。
勉強をしていると分からない所は麗香がすぐに教えてくれる。そのおかげで宿題とかで困ったことはない。
休み時間には必ず僕に話しかけてきてクラスの中心にしてくれる。一人ぼっちで寂しいなんて場面には一度もなった事がない。
好きで始めたテニス部。僕は昔からやっていたのに今では追いかけるようにして入って来た麗香の方が大会でも活躍していて、いつも適格なアドバイスをくれる。麗香の言う通りにすると確実に上手くなった。
麗香はそうしていつも僕を気にかけてくれて、そんな麗香の優しさが、僕には本当に鬱陶しくて仕方なかった。
「あ、こんな所にいた!」
ぼーっと考え事をしていると一番聞きたくなかった声が聞こえてきた。
顔を上げてみればそこにはやっぱり麗香がいて、彼女はそうするのが当然のように僕の隣に腰を下ろした。
「スカート汚れちゃうよ」
「気にしないから平気。それよりなかなか戻って来ないから心配したんだよ! 具合悪いのかと思って男の子にトイレ見に行ってもらったんだから」
さりげなく恐ろしい事をされていたらしい。
これで本当にお腹が痛くてトイレに入っていたら、僕は大便をしていたと皆の前で報告されていたのだろうか。考えるだけで冷や汗が流れてくる。
麗香は当然の行いだとでも言うような態度をしていて、その声には彼女が本当に心配していたと思わせるような説得力があった。
けれど、まさか虐めようとしているのではと疑ってしまったのは今の仕打ちを考えれば仕方ないだろう。
「そしたらトイレにいなかったって聞いたから、慌てて探しに来たんだよ。まぁ至のいる所はだいたい想像できるけどね」
どうやら僕の単純な行動パターンも読まれているらしい。見事僕を見つけた麗香は得意げだ。
「ねぇ麗香、そんなに心配しなくても……ただトイレに行って飲み物買いに来ただけだからさ、わざわざ探しに来なくていいんだよ?」
「安心して、私がしたくてやってる事だから至が遠慮する事なんてないんだよ」
何が安心して、なのだろうか。僕は一人でいたいから言っているのであって遠慮しているわけではない。
何も分かってくれない麗香はニコニコした顔で寄り添ってくる。
キミは勘違いをしていると、そうはっきりと伝えようとして僕は何とか踏みとどまった。
あれは一年生の頃の事。
僕は自分の惨めさに我慢できなくなり、麗香と距離を置こうとした事がある。
別に麗香に突き放すような事を言うわけでも、酷い事をして嫌われるわけでもなく、ただ静かに離れようとした。
麗香に声をかけられても無視はせず、一言二言で離れてこちらからは一切近寄らない。そうすれば段々と一緒にいることも少なくなって、自然と麗香とも距離ができるだろうと思っていた。
そんな事を実行するくらいには麗香と一緒にいるのが辛かったからだ。
その結果どうなったかと言うと――
――麗香に思い切り泣かれた。
僕の家に押しかけて来た麗香は、家族の前で土下座して「至に嫌われてしまいました。全部私が悪いんです。ごめんなさい。ごめんなさい許してください!」と恥ずかしげもなく顔をグチャグチャにして泣き散らかした。
元からうちの両親と麗香の両親は親同士の親交があり、「麗香ちゃんはうちの子とは違っていい子だわぁ」と常日頃から話題に出すほど麗香を気に入っている。
そんな両親の前で麗香が泣いたらどうなるか……結果、僕が親から散々怒鳴り散らされた。
今までの人生で一番だと、はっきりとそう言える程の出来事だったから、あの時の事はたぶん一生忘れない気がする。
「お前なんかのために麗香ちゃんは一緒にいてくれるんだぞ! 感謝はないのか!」
「麗香ちゃんを泣かせるなんて、どこで教育を間違ってしまったのかしら」
「謝れ! 今すぐ麗香ちゃんに謝って二度とこんな事はするな! 分かったか!!」
父さんに頭を押さえつけられ床に顔を押し付けられた僕は、そのまま麗香に土下座した。
その時、一切躊躇もない力を込められて抵抗も出来ず、かなりの勢いで頭を床に打ち付けた僕は意識が朦朧としていた。
そんな危ないところを助けてくれたのは他でもない麗香だった。
麗香が父さんを止めてくれて僕は解放され、「もう喧嘩はしませんから」と麗香が言うと、あんなに興奮していたのが嘘のように両親も安心していた。
先に謝り始めたのは麗香なのに、何故かその時は僕が悪者になっていて、ひどく唖然としたのを今でも覚えている。
またあんな目に遭うのはごめんだ。
僕は麗香に手を引かれるまま大人しく教室に戻った。
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