Day.14 裏腹

 ルリアスの懸念は見事に的中した。

 迎えに来たレイヤはカミノの無事を確認するやいなや、自作の弓矢にありったけの霊力をこめて水中へ撃ちこもうとしたのである。

 精霊とはいえこの老婆のどこからそんな力が湧いてくるのか、カミノはへっぴり腰でレイヤを羽交い締めにし、なんとか事なきを得た。

「あんたが構わないならそれでいいがね」

 息を吐ききって気が済んだかと思いきや、レイヤが手にした矢羽根からはまだ青い煙が立ちのぼっている。本当にやるつもりだったらしいと知ったカミノは、過去になくきっぱり否と言い切った。

 レイヤは自身の霊力を道具に注ぎ込むことで行使する。高位の精霊たちから疎まれる所以だが、形を定めたほうが制御が容易になるのだと彼女は言う。しかし、二人を乗せたツバメ型の凧は急旋回と乱高下を繰り返し、カミノに乗り物酔いする間も与えなかった。半ば墜落するようにして着陸したため哀れツバメは木っ端微塵、カミノは安定感抜群の地面を半泣きで撫でさする。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 蔦に埋もれかかった丸窓からルミナの上半身が飛び出して、まるで鳩時計のようだ。見合った顔は自然と綻び、本当にここが帰る家だったらいいのにと詮無いことを願う。

「……あれ、あなた学校は?」

「日頃の行いがいいので、ちょっとくらい休んでも大丈夫です」

 そう胸を張ってから、ルミナはじっとカミノを見つめる。

「なに?」

「目の色が変わってる気がして……」

 訳知り顔のレイヤが懐から飴色の鏡を差し出した。カミノは半信半疑で自分の瞳をのぞきこむ。ほんらいの色は碧玉に似た深い緑。しかしいま虹彩には木漏れ日のごとき金色のフレアが躍っており、その揺らめくさまは火影のようでもある。

 貝殻のシャンデリア、骨だけの手のひら、迸る炎。

「心当たりがあるようだね」

「なにがあったの」

 レイヤはやはりなんでもお見通しといった口ぶりで、それ以上は何も言わずにカミノの言葉を待った。何も知らないルミナだけが、焦れて口をへの字に曲げる。

 ルミナが淹れた金木犀のお茶をすすりながら、カミノは湖底での出来事をかいつまんで話した。不思議と憎めないルリアス、壮麗かつ緻密に組み上げられた貝殻の輝き、内に籠めた炎との久しぶりの対面、見違えるように明るくなった水中世界と、水の身体を与えられた兄弟。

 話しながら、自分の声に少しだけ得意の色がまざっていることに気づいた。やっとまともに向き合った力はカミノが目を背けている間にも腐ることなく大きく育っており、その純真な明るさが面映かった。心境としてはその日の出来事を親に話して聞かせる子供のそれで、ちゃんと耳を傾けてもらえることがなによりも嬉しい。

 ところが、先をうながすやわらかな相槌とは裏腹に、ルミナの表情はすこしずつ翳っていく。その理由をなかなか聞けないまま、カミノはこっそり己の言動を振り返るのだった。

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