漕ぎいでよ、暁の娘たち

草群 鶏

Day.1 鍵

 鞄を探って、ポケットを探って、すこし思案してもう一度探る。玄関先の小さな灯りでは影ばかり目立ってちっともよく見えないが、何度探しても無いことだけはわかった。

 指先にともした火花ひとつ、扉を吹き飛ばしてしまえばとりあえずは入れるけれど。カミノは溜息をつきながらメッセージ画面を開いた。

『職場に鍵を置いてきてしまいました。外で時間つぶしてるので、帰る時連絡ください』

 勤め先のベーカリーは小さいながらも人気があって、今日は特に売れ行きが良かった。店主夫妻はとっくに戸締まりをして一家団欒の頃合いだ。そのあたたかな光景を思い描いてから、夫と事務的なやりとりしかなくなって久しい自分を顧みて、がらんと穴があいたような心地になる。メッセージを見たとして、急いで帰るような間柄ではもはやない。

 冷たい風に、からんからんと空き缶の転がる音。こんな日にかぎってやたらと寒気がした。

 ともあれ、どこかで時間をつぶさねばならない。カミノはメルトンウールのコートの襟をかきあわせ、ぐるぐる巻きにしたストールに顔を埋めて、来た道を街へと戻っていく。

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