Day.31 決裂

 以降ものらりくらりと躱されてルリアスの我慢は限界に達し、ヴィハーンはとうとう押し黙ってしまった。カミノもすでにうんざりしていて、いっそこの円卓ごと爆破してやりたい気分だ。

「カミノ」

「はい」

「火を起こせ。特大の、思い切り景気のよいやつで頼む」

「いいんですか?」

 いままさに脳内劇場で繰り広げていたところだ。我ながら物騒な人間になったものだと思う。

「なにするんです?」

「いまにわかる」

 釈然としないながらも、両手のひらを向かい合わせて炎の源流を揺り起こす。ここまではもうすっかり慣れたもので、明々と健やかなまでの火の玉が顕れるとカミノはにっこり笑った。

 自分が自分の思う通りになることにも慣れて、それがこんなにも楽しい。

「いいんですね?」

「よい、やろう」

 いつかもこんなやりとりがあったなと思い出しながら、あのときと今の自分の間の隔たりに思いを馳せる。心の持ちようはずいぶん変わったけれど、あくまでカミノという個人の延長線上で起きた変化だ。自分が自分であることの手応えをまざまざと感じて、炎の勢いはいよいよ増していく。

 やわらかく膝を曲げて、高々と宙に放った。ボール遊びのように軽々と、しかし高く上がるのはボールではなく豪快な火柱である。

 あれこれ御託を並べていたアルボルがまず己の氏族を庇い、スウェルは機嫌を損ねた様子で火の手を遮る風を起こした。いずれも腕のひと振り。そこへ同じく腕のひと振りで、ルリアスが水柱を立ち上げた。

「一体なにを」

「あわせ技といこう」

 かれの操る水流は変幻自在、カミノの火柱に絡みつくなりじゅうじゅうと音をたてて霧散していく。あたりには白く靄が立ちこめ、スウェルを筆頭とする風の氏族が闇雲に起こす風にもなかなか晴れることがない。

 それもそのはず、ヴィハーンが細かい細かい砂塵を放ち、大気中に散った水の拠りどころとなっていた。絶え間なく吐き出される靄は炎が生み出す上昇気流にのってさらに高く、やがて分厚い雲となって陽光を遮るほどに広がった。

 冬至の日の貴重な日照である。宴に浮かれていた多くの精霊たちも不安げに空を見上げはじめ、重く垂れ込めた雲にのしかかられたように背を丸めた。

 それもそのはず、火柱のまわりこそ熱いものの、気化熱があたりの温度をみるみる奪っていた。急激な冷え込みが一帯を襲う。

「どういうおつもり?」

 はじめて感情をあらわにしたスウェルに対し、ヴィハーンが愉しげに回答する。

「いまが冬でなければ威力抜群だったのにね。要求が通るまで、冬を終わらせないつもりらしいよ」

「なにを」

 火柱も水柱も、当初ほどではないもののいまだ高々と上がり続けている。ルリアスはもちろん、カミノも顔色ひとつ変えない。

 アルボルの声が震える。

「馬鹿を言う。人間ごときがこれほどの力を出し続ければ、いくらもたたぬうちに命が尽きよう」

 これをルリアスは鼻で笑った。

「侮ったな。カミノが長年溜め込んだ鬱憤はこの程度ではないぞ」

 褒められている気はまるでしないが、たしかにまだまだ元気いっぱいである。積年の恨みのようなものが力の源だと思うと、少々複雑だけれど。

 木々は水を奪われ燃やされれば息絶えてしまうし、風を起こせば炎を煽るばかり。カミノはこのとき初めて、なぜ自分が喚ばれたのかを理解した。

「卑怯なことをする」

「なに、力あるものに従えという理を行動に移したまでのこと。ぬしらが法を通さぬというから、ことわりのほかにわれらを縛るものは何もない。力に訴えずただしたいならやはり法が必要であろ」

「暴論だ」

「論があるだけマシだろう」

 雲はいよいよ育ってさらに分かたれ、やがてぶつかり合いをはじめた。雷が響き、雨が降ってはまた舞い上がる。冷たい雨ほど身体にこたえるものはない。

 冬の時代がとこしえに続くならば、花の乙女も芽吹きの若子も巡る季節とともにやってくる風の渡り鳥たちでさえ、やがて絶えてしまうだろう。スウェルもアルボルも、もとより災害を起こしてまで意志を通す気はない。ただ、このまま要求を呑むにはまだ抵抗があった。

「なぜここまでする」

 戯れに二本三本と水柱を増やしていたルリアスは、この問いにしばし考えを巡らせた。

「カミノにはちょっとした恩があってな。それに、長い間生きてきて変わらぬことに倦んできたのもたしかだ。これまで関わりのなかったものたちを受け入れて、ひろく話を聞き入れるのもなかなか面白くてな。そのためには皆が同じ卓につかねばならないが、今日を生きるのに精一杯では、すまいを離れることもできぬだろう。私はそういうものたちがいることをもう知っている。力あるものとして、足場を整えてやるのも悪くないと考えを改めたのだ」

「こうは言っているが」

 ヴィハーンがまぜ返す。

「ルリアスは美しいものに目がないからな。さしずめ、見出した新たな美の可能性を追求したい、といったところだろう」

「否定はせぬ」

 目配せし合う二柱に、共犯の気配を感じ取ったカミノである。きっとはじめから手を組んでいたのだ。

「分け与える精神をもて。風に揺られて花は実を結び、木々は芽吹いては青々と葉を広げて陽射しを分け合う。育てることなら知っているだろう、その範囲が広がるだけのこと。育てたものが新たなものを生み出すさまを見てみたくはないか。そのための法だ」

 ルリアスが重ねて説き伏せる。

「それともやはり、超えられるのがこわいか」

 むむむ、と思案するアルボル。スウェルのため息が円卓のまわりを一周して、戻ってきたころに結論が出た。

「いいでしょう。法そのものは鎖で縛られるようで嫌だけれど、いつまでも冬だなんてたまらないわ」

「意義は理解した。ひいては我が氏族を守ることにもつながろう。こうしていつまでも炎の脅威にさらされては敵わぬ」

 四元素の意思が揃って、法案の刻まれた光の壁がひときわ輝く。

 まずはひとつめ、「何ものであっても、個のいのちを侵してはならない」。

 四柱の大精霊の命により、精霊界の理として刻まれる。

 カミノはそれを、小さくおさめた自分の炎越しに、眩しく見守った。

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