Day.16 水の

「私が混血だってことはご存知ですよね」

「そうね、聞いてる」

 ルミナはそう確認してから、自身のもつ精霊の側面について説明をはじめた。

「精霊の霊力は人間のもつ魔力とは性質が異なります。魔力が電気、発電機が作り出すものだとすると、霊力は水のようなもの、ポンプで汲み上げるイメージ。厳密にいうと、精霊そのものに力はないんです。備えたポンプの性能がどれだけ優秀かというのが、使える力の大きさに直結します」

「すごい、わかりやすい」

「受け売りです」

 素直に感心してみせると、ルミナの硬い表情がいくらか和らいだ。カミノはすかさずお茶とお菓子を勧める。唯一の光源が青みがかっているせいか、顔色まで青ざめて見えて落ち着かなかった。

 精霊と人間の間に生まれたルミナには、ごく小さな発電機とポンプが備わることとなった。ふたつが干渉し合って発現したのは、損なわれたものを補い弱ったものに力を与える、穏やかな癒やしの力。

「すごいじゃない」

「それがそうでもなくて」

 苦笑いの理由はすぐに知れた。ルミナのちからはごくごく小さい。他人に施すには接触せねばならず、それもできるだけ広範囲に、時間をかけなければ大した効果は期待できない。

「こうやって少しだけ気分を上げてもらうのは簡単なんですけど」

 そう言って、彼女はどんぐりの形をしたフィナンシェを手にとった。帽子の部分にチョコがけされていてなかなかに芸が細かい。

 手渡されてひとかじり。じゅわっと滲み出したのはバターの香りばかりではなかった。カミノはルミナの手のひらをじっと見つめる。

「そういうこと?」

「そういうことです」

 カミノが倒れたあのときも、その後のかぼちゃラテにも彼女の力が添えられていた。それだけではない。

「カミノが私の家に泊まった夜も、実は少しの間、一緒にベッドに入ったりして……」

 ルミナの声はどんどん小さくなっていく。

「ごめんなさい」

 しおれて別人のような姿に、カミノはひどく慌てた。そもそも何をそんなに気に病んでいるのかいまひとつピンとこない。あの日、ルミナの存在はカミノにとって間違いなく救いだった。

「どうりで回復が早かったわけだわ。ルミナのおかげだったのね」

「……気持ち悪くないですか」

「なんでよ」

 いつもは太陽のようなヘーゼルの瞳が不安に揺れている。なんとかしてやりたくて思わず両手で顔を挟むと、それは一瞬定まったのち、再びふっと翳った。

「みんなカミノのようだったらいいのに」

 弱い力だが、人の役には立てると思った。幼い頃から、転んだ子の手をにぎり、泣いている子の背中に寄り添った。

 風当たりが強くなったのはティーンエイジャーの頃から。やたらボディタッチが多い、男に色目を使うとはじめは女子から目の敵にされ、好意を早とちりした男子からも勘違い女のレッテルを貼られた。

 プライドばかりが見上げるほど高く自意識にまみれた年頃のこと、距離感を誤ったのはたしかにルミナだったが、誤解はそのうち解けると考えていた。できるだけ肌の接触を避け、特に男性に対しては距離をとり、学業に集中してイメージの払拭に努めた。

 ところが噂はどこまでもひとり歩きしていく。

「気がついたら、同年代で話せる相手が誰もいなくなっていました」

 逃げるようにして始めたのが、あのカフェでのアルバイト。

 そこでルミナはカミノと出会う。

 カミノはルミナの肩にそっと手を回した。ずいぶん力の入ってしまった肩を、ゆっくりと撫でさする。緊張は次第にゆるみ、代わりにあたたかな感覚が手のひらから浸透してくる。これではどちらが慰めているのかわからない。いまできるのはたったこれだけ、預けられたルミナの重みはそのまま信頼の重さのようで、ちゃんと受け止めるためにカミノは腹に力をこめた。

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