Day.15 おやつ

 カミノが湯浴みをして戻ってくると、アルコーブのなかにルミナが巣をつくっていた。

 壁際に積み上げられた色とりどりのクッション。丸盆に茶器が二組、ポットは覆いをかぶせられて丸々と太った冬の野鳥のようである。さらに甘いものから塩気のものまで、おやつが山と盛られた大小の木皿が半円状に並べられ、ルミナはその中心で膝を抱えてキュッとまとまっている。

 面食らったカミノは寝台のごく隅の方に腰掛けた。

「ずいぶん豪勢ね」

「本当は昨日これをやりたかったんですけど」

 むうと口を尖らせるルミナに、嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。じっさい、カミノにはどうしようもなかったのだけれど。

「まあ、相手があのルリアスじゃあね。若い頃は今よりもっと面倒で、私も手を焼いたもんさ」

 なにやら大きな掛け布を抱えてレイヤが入ってきた。彼女の書斎に掛けられたものに似て複雑な織りと刺繍が施され、ぼってりと重たそうに見える。レイヤはそれをアルコーブの入り口に下げて帳とした。

「ほんとうに他人の神経を逆撫でするのが趣味みたいな男だよ。人の家にあっさり侵入してきおって。はー忌々しい」

「お知り合いなんですか」

「同郷なのさ、生まれた樹が同じでね。かたや根から生まれて魔術士もどき、かたや若枝から生まれて大精霊ときたもんだ」

 なにか聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたが、カミノが口を挟む隙はない。

「まあ何であろうとひとの都合に横入りするやつはろくなもんじゃないよ。あれも今ごろ連れ合いにたっぷり絞られていることだろうさ。さあ、今度こそ邪魔は入らせないからね、ゆっくりお過ごし」

 レイヤがすっかり帳を引いてしまうと、肌が張り詰めた感覚のあとにふわりと暖かさが舞い降りた。なにやら術が施されているらしい。

 ルミナがお茶を注ぎ分ける。たちのぼった湯気には鬱金の煌めきがかすかにまじり、その光が瞬くごとに金木犀の香気が広がった。明かりは薬瓶に詰められたきのこのみ。暗さにひそむ秘密の気配にカミノは心を躍らせる。

「ふふ。こういうの、一度やってみたかったんです」

「あら、友達としたことない?」

 他愛のない疑問にぴくりとルミナの手が止まって、その口元に力が入った。努めて笑顔を保とうとする様子に、カミノは己の失言を知った。

 ややあって、ルミナは平坦な声で告白した。

「友達、いないんですよね」

 咄嗟に浮かんだ「なぜ」をカミノはなんとか飲み込む。この声の調子には覚えがあった。それが己を守るための鎧だということを、誰よりもカミノ自身がよく知っている。

 おやつの皿をそっと押し出し、ルミナがひとつつまんだのを見届けてから自身もひとつ選び取る。しばらくのあいだ、互いのたてる咀嚼音に耳をそばだてていた。

「あの」

「はい」

 ようやく口を開いてくれたルミナに、カミノの背筋がぴっと伸びる。

「あんまり楽しくない話なんですけど、きいてもらってもいいですか?」

「もちろん」

 いつのまにか、口の中はカラカラに渇いてしまっている。あわててお茶を飲み下すと、どんぐりの粉を練り込んだという焼き菓子の、ほろりとした苦味が喉奥にしみわたった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る