Day.25 篝火
転がりでた先は森の中。月明かりに木々の影が青く落ちて、複雑な格子模様を描いていた。ステラがまっさきに周囲を検めて、目を凝らした先の一点を指差す。
「うまいところに出たな」
彼について森を横切っていくと、やがて前方に破れキノコのようなひねくれた建物が現れた。三人もよく知るレイヤのすまいだ。
玄関の前までやってきて、ステラが戸を叩こうと腕を振り上げたところでガチャリと扉が開いた。ルミナが息を呑み、勢いを挫かれたステラはしおしおと腕を下ろす。
逆光でもわかる。レイヤは大変険しい表情をしていた。
「お入り」
いつもより低く平坦な声だった。彼女はステラとルミナを順に招き入れ、カミノも当然のように続こうとしたのだがなぜか止められる。
「なんで来たね」
「は」
カミノの心に瞬いた驚きは、怒りとも似た光を放った。行く手を阻むものをことごとく壊すほどのなにかが、身体のなかに棲んでいる。我を通そうとすることの絶えてなかったカミノが、自分を押し殺すのではなくて強い意志をぐっと堪えるのはこれが初めてだった。
「私もなにかできることがあると思って」
「恩返しとか言うなら御免だよ」
にべもなく言い返され、むっと口を引き結ぶ。これで引き下がるカミノではもはやない。鋭く光った思いは、むくむくと熱い塊に姿を変えて身体じゅうを満たした。ずっと無いものとして忌避してきた暗い感情ですら、いまはカミノを動かす力となる。
「荒事になるなら、私を使ってほしいんです」
「やめな、自己犠牲なんてもう美しくもなんともないよ」
レイヤはなおも戸口に立ちはだかる。ガウンの複雑な織模様、炯々と光るまなざしの迫力。カミノはこれを押し返すつもりで、腹の奥、声の源に火を込めた。
「違います。自己犠牲なんかじゃなくて、私が許せないからやるんです。入れてください、ほんとに人攫いなら私の力だって役に立つはず。いまは手段を選んでる場合じゃないでしょう」
少しの間、睨み合いが続く。レイヤの向こうで、ルミナが固唾を呑んで見守っていた。
はあ、と二人の間に深い溜息が落ちた。
「自分が何を言ってるかわかってるのかね。明かりをつけるとか、暖をとるとか、そんな比じゃない。相手取るものが大きければ、アンタは命を削ることになる」
レイヤの口調はいくらか穏やかになって、その言葉はカミノにもきちんと届いた。脅しではない、炎の御しかたを教え込んだ彼女だから、心底からカミノを案じている。
しかし。
「なにもしないでただ無為にすごすだけなら死んでも一緒です。それならやりたいように生きていきたい」
「そんなこと言わないで」
ルミナの懇願も片手で制した。
「初めてなの。こんなに思う通りにしたいと思うのは。自分にできることがあるのにこのまま帰るなんて絶対に嫌。これは私のためなの。私が、誰よりも私にこれからも必要とされるために、できることをしたいのよ」
いままでずっと捉えどころのなかったカミノの意志が迸る。
「私も頭数に入れてください。自分一人でどうにかしようとは思ってないし、無駄に危険を冒すつもりもありません。でも、一人で生きることを決めてから、逆に一人じゃないこともわかったから、きっと力になれるはずなの。私から居場所を奪わないで」
最後はほとんど悲鳴に近かった。やっと見つけた自分の形を、ここで手放すわけにはいかない。これはカミノ自身の今後のありかたを決める分岐点だ。直感がそう叫んでいる。
「……わかってるならいいんだよ」
レイヤがようやく道を譲った。カミノが通れるほどの幅をあけて、奥へと促す。
「入りな。もうこの国はアンタの家も同然だ。自分のすみかを守ろうというのは、生き物の本能さね」
慣れない感情の昂りに自らを扱いかねて半ば涙ぐむカミノの背をさすりながら、レイヤはびたりと扉を閉じた。
月は東の空高く、なだらかに横たわる山の影は、かつてこの郷に帰ってこようとして力尽きた精霊たちの亡骸で築かれたものだという。
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