Day.26 導火線

 作戦会議は夜遅くまで及んだ。

 レイヤは黒幕におおよその目星をつけており、すでに偵察を飛ばしているということだった。隠密を図るのにツバメはあまりに季節外れなので、今回はコマドリやスズメの紙細工が活躍しているらしい。

「そもそもこんなの、犯罪じゃないんですか」

「犯罪の定義はなんだい」

 カミノの憤りに、レイヤが冷静に問い返す。子供のような回答しか浮かばず四苦八苦していると、横からステラのやわらかな低音が割って入った。

「法を破ること、だね」

「そのとおり。なにを当たり前のことを、と思うだろうがね。精霊の間には、理はあっても法はないのさ」

「どう違うの」

 ルミナの疑問には、レイヤに代わってステラが答えた。

「太陽が出れば気温が上がるし、腹が減ったら食べるだろう。これが〈理〉。そういうふうにできているものだ。同じきまりごとでも、法律は約束事。つまり誰かが意図して取り決めたことで、これは個人だったり、集団だったり、いずれにしてもそこにいる人の意志が働いている。どういう社会になってほしいか、理想を表したものとも言えるな」

「だけどね」

 苦い顔をしたレイヤが続きを引き取る。

「こちら側じゃあ持って生まれた力がすべてだ。強きものが弱きものから奪うのは当たり前。力が及ばなければ従うほかない。これが理だ。そういうものだと言ってしまえばそれまでだがね。でもそれじゃあ、夢も希望もあったもんじゃないだろう。まして、私らはここの暮らしもみんなの顔だって知っている。いくらなんだって限度ってものがあるよ」

 だんだんと顕わになるレイヤの怒り。積み重ねた年月が長いだけに、思いは人一倍だろう。彼女が人に厳しいようでいて実は情け深いことは、付き合いの浅いカミノだってよくわかっている。

「それじゃあ」

「そう」

 顔を上げたカミノ、じっと耐えるように耳を傾けていたルミナ、腕組みしたまま表情の読めないステラの前に、レイヤはぐっと身を乗り出す。

「ないなら作るんだよ、法を。最低限でいい。ただ喧嘩ふっかけて取り戻すだけじゃ芸がないだろ。私も年寄りだ、こんなことはもうたくさんなんだよ」

 すっかり物理的な手段に出る気でいたカミノは自らの浅慮を恥じて目を伏せた。案の定、レイヤの視線がふっと笑う気配がする。

「でも、どうだろう」

 ステラが一石を投じた。

「連れて行かれた人たちを取り戻すには、ある程度の実力行使も必要だろう。法律を作ることで、かえって動きにくくなったりしないか」

「それはやりようによるんじゃない」

 すこし元気を取り戻したルミナが、焦点の合わない思案顔のまま反駁する。

「法律案が通るにはいくらか時間がかかるでしょう。その間に手分けして動けばいいと思う」

「いまたった四人だけどな」

 ステラはどこまでも現実的だ。ルミナに睨まれて肩を竦めているが、カミノには彼がすすんで水を差す役を買っているように見える。

 たった四人。果たしてそうだろうか。

「あの」

 法律の専門家にも、魔導機構の技術者にも、腕っぷしの強い顔ぶれにも、精霊界の重鎮にもそれぞれ心当たりがある。カミノの炎を育てたいくつもの出会いが、いまひとつの道筋でつながった。

「たった四人じゃ、ないかもしれない」

「どういうこと?」

 カミノは自分の思いつきを、できるだけかいつまんで話した。謀略をめぐらすことに慣れていないのでところどころ要領を得なかったが、そこは察しのいいステラが助け舟を出す。

「なるほど、役者は揃ったってことだね」

 レイヤはすでに勝ち誇った様子だが、カミノの心中に一抹の不安が兆した。

「でも、断られるかもしれないし」

「そうなったら万事休すだな」

「お兄ちゃん」

 きょうだい喧嘩が始まりそうなところを、レイヤが「ハアッ」と一喝する。

「何言ってんだ、はじめから断られる気でいたら頼まれるほうだって心は動かないよ。アンタたちはもう少し自分の情熱に自信を持つことだね」

 自我のかたまりのようなレイヤに言われるとぐうの音も出ない。若輩者三人はなんとなく目配せしあって、話の矛先を変えた。

「衝突は避けられないだろうけど、正面からは避けたいな。あるていど知恵を絞らないと、返り討ちに遭って泣きを見るぞ」

「法律がなけりゃ犯罪じゃないんだろう」

 不敵に笑うレイヤは、急に若返ったように見えた。

「存分に暴れてやろうじゃないか。連中にも、少しは痛い目見せてやらないとこっちの気がすまないよ」

 自分の出番は意外に近いかもしれない。そう思ったカミノは、四人で囲むテーブルの下でそっと火種を握りしめたのだった。

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