Day.27 味方
精霊界から戻ったカミノがまず連絡をとったのはソーヴァだ。事情を説明すると、彼は電話の向こうで絶句した。
『そんなことになっていたとは……』
彼の元パートナーであるキリアンは、彼自身に力はないが技術者だ。その腕一本であちらに渡っても〈力ある者〉として暮らしている。そのため、そもそも黄昏の国の存在を知らず、ソーヴァもまた知ることはないのだった。
『何も知らず、対策も打たずにのうのうと……』
「知る手段がないのだから、仕方ないですよ」
彼のあまりの落ち込みようにカミノは慌てた。しかし、生真面目なソーヴァは『いえ』と遮る。
『法律家の末席に連なる者として恥ずべきことです、知らなかったは言い訳にならない。と言いつつ』
すこし間をおいて彼は続けた。
『新たに法を編む、ということにすこし心が躍っているのもたしかです。不謹慎ですが』
これを聞いて、カミノはすこしほっとした。ソーヴァは四角四面な人物ではない。几帳面さの根底に、公正であろうとする心意気と愛がある。だからカミノも真っ先に頼ることができたのだ。
「わかります。私も、自分の火炎特性を思い切り出せるかもしれないので、ちょっと楽しみなんです」
『しかし、やりすぎはよくありませんよ。それこそ道理を踏み越えてしまう』
すぐ釘を刺すあたりが彼らしい。ソーヴァに聞こえないようにこっそり微笑んでから、今後の予定を伝えて通話を切る。
攫われたひとたちを早く助けたくて気持ちは逸ったが、幸い〈天の火〉を蓄えたあととあって多少の猶予があった。そのあいだにカミノは勤め先に連絡をとってセイジを含むパン職人たちの腕っぷしを借り、ソーヴァ経由でキリアンに連絡をとってレイヤと合流させ、水鏡を通じてルリアスに助けをもとめた。
夫不在の自宅で、リビングのテーブルに横たえた水鏡からルリアスの頭だけがひょっこり顔を出す。
「いつ声がかかるかと思っていたぞ。そなたの心に反応して、しばらくこちらの火影も不安定だった」
「すみません」
「よい。別にカミノが悪いわけではない」
ルリアスは鷹揚に返して首を傾けた。
「しかしまあ、ずいぶんと好き勝手やってくれたことだ」
ソーヴァに続き、ルリアスも黄昏の国の置かれた状況を知らなかった。あまねく精霊界全体が彼の支配下にあるが、誰がどう生き死にするかなど瑣末事なのである。力あるものの多くは、弱いものの存在すら認識しない。
ただ、ルリアスはすでに儚いものの存在を知っている。ハルトとユリシオをそばに置くことで、いつ失われるかわからない命を惜しむことを知ったのだ。
「それで、私はなにをしたらよい」
「え、言う事きいてくれるんですか?」
あまりに簡単に協力を得られて怯えるカミノに、ルリアスはいささか機嫌を悪くした。
「一体、私をなんだと思っている」
「いえ、失礼しました」
つい悪い癖が出た。思い直して背すじを伸ばす。今回の作戦は誰一人欠けても成り立たないのだ。
「ルリアスには、黄昏の国の見守りと、法を通すための権力を貸してほしいんです」
「ふむ」
カミノはレイヤと打ち合わせた内容を努めて正確に述べた。同時に彼女の尊大とも言える態度を思い浮かべていると、ルリアスとも対等に渡り合える。
ルリアスは本来、四元素の長。精霊界の四つの氏族が集まる会議の頂点にいるのだが、彼自身がこれを好まないため長い間出席していないのだという。これを利用する手はない、とレイヤは言った。
「権力はしかるべきときに使え、ということか。レイヤらしい」
「なんだか卑怯な気もしますけど……」
「なにが卑怯なものか」
うっかり弱気が漏れ出て、ルリアスに鼻で笑われる。
「ハルティアのことに口を出されてから、ずいぶん無沙汰をしてしまったからな。たまには顔を出して印象付けておくのもいいだろう」
やはりそれが原因だったのか、と思ったが言わずにおく。レイヤといいルリアスといい、己の生き方を通すためなら孤立することも厭わない。それでいて、他を拒絶するわけでもない。ある意味、現在のカミノの目指すところである。
そこで、ふと疑問に思った。
「長い間出てないって言ってましたけど、どれぐらいぶりになるんですか?」
ルリアスはうーんと宙に視線を巡らせた。
「ざっと二百年というところか」
「二百年……」
時間の感覚が違いすぎる。これでは下々まで気が回らないはずだ。ひとり納得したカミノであった。
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