Day.28 誰もしらないむかしの話
カミノの生活は激変した。
自宅とベーカリーの間を往復するばかりの生活が、いまは日々誰かとの約束があって目まぐるしい。人を引き合わせる場に立ち会い、空いた時間は精霊界へ渡って力の備蓄に励む。レイヤの作った魔法道具の回路にキリアンが改良を加え、カミノの炎を留め置けるようにしたのだ。ちょっとした爆弾である。
キリアンは大柄で分厚くまた寡黙で、ステレオタイプの親方像をそのまま人間にしたような男だったが、カミノがちらりと「これ、献血みたいですね」と呟くと大口を開けて気持ちよく笑った。
こういうところがソーヴァと響き合ったのだろうか。二人が揃ったところをぜひ見てみたいとカミノは思う。
ソーヴァは高齢のため、ルミナが法案を編むための補佐に入った。学業にアルバイトにとただでさえ忙しいのに、これだけは頑として譲らなかった。
「国際政治学を専攻に選んだのは、こういう仕事がしたかったからなんです。先生たちには事情を話しました。多少は融通をきかせてくれるので、やらせてください」
そう言う彼女はさすがに対話に長けていて、怖がって口を閉ざしがちな黄昏の国のものたちからも上手に話を聞き取った。ルミナが足で稼いだ記述が、ソーヴァと彼が見込んだ法律家たちの作業に大変喜ばれ役立ったという。これにはルミナとステラの両親も力を貸してくれているという話だ。
ステラはステラで、精霊界と人間界双方の交友関係をフルに活用して、とにかく頭数を揃えるため奔走している。救出の際に先陣に立てる力のあるもの、ゲームにどっぷり浸かっていて謀略と戦術に異様に詳しいもの、力ある精霊の一族に連なりながら非力に生まれついて辛酸を舐めてきたもの。ステラは現実的な分カミノよりも遠慮をしないし、準備も周到だ。典型的な参謀肌で、盤上に駒を配置するように、着々と布陣を整えつつある。
救出作戦の決行は冬至の日と決まった。四氏族会議が開かれるまさに当日である。
「会議ともっともらしく名乗ってはいるが、季節の節目を祝う祭りのようなものだ。物見高いものは誰もかれも出張ってくる。ひとをただでこき使おうなんて欲深い輩はかならずあらわれる。その留守を狙うのがよい」
しれっと言い放ったのはルリアスだ。
「それにしても、見当がついているならこんな回りくどいことをせずに、私に任せればいちどきに片付けるものを」
「いや、アンタはやりすぎるからだめだね。みんな陸の上で溺れさすか、さもなくば屋敷ごと沈めてしまうだろ」
ルリアスにこんな物言いができるのはレイヤくらいしかいない。本人は嫌々といった様子だが、ルミナとステラがなだめすかして同席させたのだ。
「無法地帯とはいっても、道理は通さないと説得力を失いますからね。今度のことは、物事を正して、最低限の法律を敷くことが目的ですし」
「水浸しにされると俺も動きにくい。俺が操るのは人間の乗り物だからな。空を飛ぶわけにもいかん」
ステラとキリアンも加勢する。ルリアスは口をへの字に曲げつつも、渋々といった様子で了承した。と思えば、ふと笑みをこぼす。
「そういえばハルティアとユーリにも、こうし何度も止められたものだ」
「そうだろうね、あの兄弟王も大変な相手に気に入られたもんだよ」
齢を重ねた二人の間には、カミノたちが知らない物語があるらしい。カミノがふと気配を感じて隣を見ると、同じく興味をひかれた様子のルミナが丸い目で同意を求めていた。
事がすんでめでたしめでたしを迎えたら、そこへ至るまでの長い長いおはなしを聞かせてもらうとしよう。
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