Day.18 旬
悠々と泳ぐ龍の頬を、閃光が弧を描いて駆け抜ける。カミノは骨組みの上にすっと立ち、レイヤに貸し与えられたすくい網をしならせた。
「どっしりしたいい足腰だね」
レイヤは騎龍の手綱を操りつつ笑った。返事をしようとカミノが振り返った瞬間またひとつ星が流れ、地上をめがけてすっ飛んでいく。墜落した星は幽かな音色とともに粉々に砕けて跳ねて、ふたたび大地に降り注いだ。
「もったいない」
「あれはあれで、誰かが拾いますから」
そう言うルミナの声も張り詰めている。周囲に配る視線は鋭く、爛々と輝く瞳があたりを照らす。彼女の網さばきは力まかせのカミノと違って無駄がなかった。彼女にかかれば星はすすんで飛び込むがごとく、捕まえたらさっと手首をかえして引き寄せる。さながら職人技で、見惚れている隙にカミノ側の星はいくつも地上に突っ込んだ。
龍の腹に提げた篭はみるみるうちにいっぱいになり、夜も更けて空気が冷たく澄んでいく。星の質量は思いのほか大きく、いつしか飛行もおぼつかなくなって、レイヤはとうとう龍首を下げた。
見下ろす地上には、光の海が広がっていた。
龍がめざす広場には、寝静まっていたはずのひとびとが続々と集まってきている。あたりはいまや昼と見紛うほどの明るさ、次々と運ばれくる料理の数々も輝かんばかり。
否、真実それが光源であった。
「ちょっと待ってどういうこと」
「旬の食材には滋養があるというだろ。〈天の火〉はその最たるものなのさ。普段は食事の必要がない上位の精霊たちも、これだけは目の色変えて欲しがる」
「食べるんですか?!」
開いた口のふさがらないカミノに、レイヤは満足げに頷いた。近くを通りかかった顔見知りの小人に星の詰まった篭を託すと、相手は「腕が鳴るう!」と飛び上がって喜んだ。その背を見送りながら、ルミナはカミノを宴席へと誘う。
「黄昏の国の手わざは精霊界随一です。お料理の腕も抜群ですから、カミノもよかったら」
そうまで言われてしまうと食いしん坊の血が騒ぐ。ひと働きしてそろそろお腹が空く頃合いでもあった。真夜中の宴とは、なんとも甘美な響きである。
料理そのものが光を発しているから照明は必要ないようす、形も大きさもばらばらなテーブルは各々がすまいから持ち出したものだ。テーブルの端に腰掛ける者、つまみ食いしながら渡り歩く者、敷布をひろげて寝転がる者、行儀も作法もあったものではないが、みな一様にもぐもぐと忙しい。背の届かない者には届くものが取ってやり、新しくできた料理はどこでも空いたテーブルに運ばれる。湯気も香りもない、それでも確実に美味しそうなのが不思議だった。
ルミナが手近なテーブルに声をかけると、取り囲む小人たちは快く場所を空けてくれる。
「みんな優しいね」
「そんなのどかなものでもないですけどね」
カミノの呟きに応じたルミナの声色には、わずかに棘が感じられた。
「そうしないと生きていけない、っていうのがほんとうです。言い方はアレですけど、ここは精霊界の吹き溜まりなんです。大気も土も痩せていて、力を合わせて働かなければみんな霊力が尽きて消えてしまう。なのに、そうやって丹精込めたわざや実りごと拐うような輩がいて」
固く拳を握りしめたルミナの背を、レイヤがポンポンとなだめつつ先を引き取る。
「ここに住まうような小さな者たちには、善いものを生む知恵はあるけど、悪知恵がないんだね。騙されたり利用されることには考えが及ばない。逆もそうさ。ルミナはそれが歯がゆいんだろ」
「だっておかしいでしょ」
ルミナの叫びが喧騒を引き裂く。小人たちがぴょんと飛び上がり、カミノも思わず息を止めた。
はっとしたルミナは恥じ入るように俯く。
「ごめんなさい」
「いいよ」
まわりの小人たちは互いに頷きあってから、口々に言った。
「おなかすいてるんだろ」
食べなよ、と四方八方から光り輝く器を押し付けられるが、カミノもルミナも眩しすぎてとても食べられず、そのことに気づいてもらうまでにずいぶんかかった。
やっと口に入れた〈天の火〉は、パリパリのチキンの皮のような、焼きたてのビスケットのような、香ばしくて歯ごたえの楽しい、じゅわりと熱いのどごしの食べ物だった。カミノはいくらも口にしないうちに胸がいっぱいになってしまう。
ルミナの叫びは義憤というよりも、ルミナ自身の苦しみが漏れ出たもののようにカミノには聞こえた。あんな話を聞いた直後だからかもしれない。早合点は禁物だが、慎重でいれば物事がうまく運ぶとは限らない。
「まだ食べたいのに」
「きっと身体の仕組みが違うからですね。私もそんなにたくさんは食べられません」
「惜しいなあ」
「カミノ、実はけっこう食い意地張ってますよね」
「カミノ、食いしんぼう!」
「くいしんぼう!」
小人たちからも野次が飛び、料理に照らされた顔が笑い合う。その様子に、レイヤはふっと頬を緩めた。
「みんなで力を合わせたら、大きな幸せにも手が届く。時々でもこういう日があるなら、それはそれで悪いことじゃないと思うね」
そうして少し離れた席で、ひとり盃を舐めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます