Day.23 リボン
「やだ、カミノがどんどん遠くなっちゃう」
「そんなことないわよ」
夕暮れどき。仕事終わりにルーフトップで資料を読んだり書類作成に勤しんでいると、同じくアルバイトを終えたルミナが向かいに座った。カミノは広げた書類を慌てて手前に寄せて、彼女がマグを置くスペースを空けた。
「何飲むの」
「ジンジャータフィーラテです。疲れた身体にしみますよ」
「若い子が何言ってるの」
はたから見たら自分たちはどう映るのだろう。顔立ちも髪の色もまるで違うから血縁でないことは明らかで、元をたどれば店員と客でしかない。が、このところそれもあまり気にならなくなってきた。互いによき友人と認め合っているからそれでいいのだ。
カミノが手のひらで押さえたたくさんの書類に目をやって、ルミナの口元にぐっと力が入る。
「やっぱり思ったとおりだった。カミノは一人でどこへでも行ける、私のかっこいいお姉さんなんですよ。火の魔法だって大きくて綺麗だし」
「そう? ありがとう」
少し拗ねた調子のルミナの褒め言葉も、照れくさいが素直に受け取れる。レイヤにさんざん叱られた成果であり、カミノ自身もう謙遜するのが面倒になったせいでもある。いま気力を注ぐべきはそこではないし、何よりカミノはルミナを信頼している。
そんなカミノの様子を受けて、ルミナは打ち明けるように口を開いた。
「この店ではじめてカミノを見かけたとき、素敵だと思っていたのは本当だけど、魔力とのバランスがうまくいってないのもひと目でわかって、だから私と同じ側の人だと思ったんです。お友達になりたいと思ったのはそれから。でも、全然違った。カミノはきっとこれから、誰からも必要とされるんだわ」
「そうかしら」
きょとんと言い返すと、ルミナはなぜか憤慨する。
「そうですよ」
「でも、それはルミナも変わらないでしょ」
「変わらなくないですよ」
こういうときのルミナは大変頑固だ。少し前までの自分も、きっとこんなふうに相手に歯がゆい思いをさせていたのだろうと思うと口元に小さく苦笑が浮かぶ。
「そうかもしれないけど。でも、やっぱり同じだよ。だって、私を助けてくれたじゃない」
カミノは周囲をこっそり窺って、誰の目もないことを確かめた。掬うように両手を丸めて、ずいぶん自由に操れるようになった自分の魔力を注ぎ込む。
「ほら」
カミノの手の中に、まるくあたたかな炎が座る。それはルミナへの感謝の気持ち。
「ルミナと出会わなかったら、こうして人目に触れるような、表に出すことは一生なかったと思う。普通じゃないし、おかしいと思ってたから。私が人に必要とされるなら、それはルミナがきっかけでしょう。だから、ルミナがいなくちゃはじまらないわ」
ちょうど人が通りがかるのが見えて、カミノは両手を二枚貝のようにぱたんと閉じた。それでも漏れ出る細い光、わずかにのぞく火影、透けて見える血潮の赤。向かいのルミナはその光にじっと視線を注いで、どこか泣きそうな顔をしていた。
「言ってることがめちゃくちゃですよ」
「そうだね、ちょっと気持ち悪いね」
あえておどけた調子で返し、手の中の炎をぺたんと潰す。もとの薄暗い店内の明かりでも、ルミナの瞳はきらきらと潤んでいた。
「私もだいぶ気持ち悪いこと言っちゃた。本音ですけど」
「ふふ」
「ふふふ」
笑いだしたら止まらなくなって、しばらく二人でくつくつと肩を震わせる。
「カミノ、私を置いて行かないでくださいね」
「なんでそうなるの。置いていくどころか、お願いしたいことがあるの」
「え、こわい、なんですか?」
新しく結んだ縁、これからもつなげていく縁、断ち切る縁。一本一本をほぐして見極める。手元に残した糸で、人間界と精霊界の間を架け渡していくのだ。張り巡らせた糸のイメージが、カミノ自身の火影に照らされてぼうっと浮かび上がっている。
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