Day.4 紙飛行機

 他人の家で本当に眠りこけてしまった。

 ルミナは大通りからだいぶ離れたところにあるアパートメントハウスで一人暮らしをしていた。若い若いと思ってはいたが、まだ大学生だという。それを聞いてふたたび気が遠のいたカミノである。

 メイクをおとして、歯も磨いてしまって、砂糖の入っていないお茶でほっと温まるあいだにすこし話した。カミノにベッドを譲ったルミナは、大小のクッションを組み合わせて床に寝そべる。

「私、ずっとお姉さんが欲しくて」

 子供っぽいでしょう、と肩をすぼめるルミナの髪はゆるく巻いて、明るく電灯に透けていた。顔立ちは凛としているが、頬の丸みにまだあどけなさが残る。こうして寛いでいるところを目の当たりにすると、やはり年頃の女の子という感じがした。

「バイト中に見かけるたびに、こういうかっこいいお姉さんがいたら楽しいだろうなって勝手に思ってたんです」

 これを聞いたカミノは、思春期の男子もかくやとばかりにひどく狼狽えた。〈カフェで過ごすちょっと素敵な私〉を意識した気取った振る舞いのことを指しているのかと思ったら、ルミナが言うのはすこし違った。単純に見た目のことを言っているらしい。背が高く、骨太で、生まれつき身に帯びた属性も火炎/攻撃傾向。それを揶揄されたことはあれど、これほど真っ直ぐに褒められたことはなかった。

「ただのおばさんですよ」

「普通のおばさんっぽくはないですよ」

 私もそんなふうになりたい、と言われてますます反応に困る。この子は何を言ってるんだろう。私に気遣わせまいとする配慮だとしても、これはあんまりだ。照れ隠しに布団にもぐりこむと、ふわりとベルガモットが香ってさらにどきどきした。

「ところで、足元あったかくないですか?」

「うん、ぽかぽかするね」

緋炎石カーマインを仕込んでおきました」

 言われて上掛けの中を覗くと、足下のほうが薄明るい。地熱をすくい上げて固めた石が、カミノの火炎属性に反応してぽっぽと熱を発しているのだった。

 カーマイン。カミノの名前の由来である。

 その後、どんな会話をしたのかカミノはよく覚えていない。気がついたらカーテンの隙間から光ほとばしる朝、ルミナにお風呂と朝食まで提供してもらって、昨晩の目眩が嘘のように元気になって今に至る。

 律儀に状況報告を送っておいた夫からの返信はずいぶん遅くになってから。ポストに鍵を入れた旨と『親切な人がいてよかったね。おだいじに』と他人事で、このうえまだがっかりできるのかと自分に驚く。ようやく帰ってきた家の、物が少ないのに荒れた様子のリビングルームは、今の心境をそのまま映し出すようだった。

 カミノはもう、求められることの喜びを思い出してしまった。大事にしてくれる人を大事にしたい。切にそう思って胸のあたりを握りしめる。

 夫とはそれが叶わなかった。カミノは結婚したときの書類もろもろを、みんな紙飛行機にして飛ばしてしまった。上等な紙はよく飛ぶ。きっと彼は、なくなったことにも気づかないだろう。

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