第14話

 数行のメッセージ……。信二の言葉はその後の贈り物の厳酷さによって麻痺していたが、実際にはその数行の時点から常軌を逸したものだった。

「やり直したい。離婚して」

 愛歌は笑いながらそのメールを見せてきたが、信二は衝撃と怒りで思わず身震いをした。付き合っていたのは何年も前、別れてから一度も会っていない。それでいてこの直球の言葉。立場と状況を考慮しない手前勝手な性格が余すところなく滲み出ていた。信二としては今にでもブロックして六破を殴り殺しにいきたい気分だったが、愛歌はこのメールを取るに足らないといった楽天的な態度で処理したため、強く危険性を訴えることができなかった。とりあえずきたメールは必ず自分に見せるようにとは言ったが、十分な対応だとは言えない。

 愛歌が返信しないと、メールの頻度は次第に狭まっていった。

「ねぇ、起きてる?」

「もう一度やり直したいんだけど」

「気づいたんだよね。俺、愛歌ちゃんをまだ愛しているって」

「連絡頂戴よ」

「聞いて。愛歌ちゃんが好きすぎて徹夜しちゃった」

「不在着信」

「不在着信」

「不在着信」

「不在着信」

「ねぇ」

「おい」

「ねーえ」

「昔はすぐに電話してくれたのに。今はしてくれないの?」

「さみしいなぁ」

「ぼく、さみしいよ」

「スタンプ」

「スタンプ」

「スタンプ」

「きっと見てるから言うけど、信二さん? だっけ、お前愛歌ちゃんにふさわしくないよ。お前なんかが愛歌ちゃんの傍にいる価値ないから。その冴えない髪、気持ち悪い肌、そんなバラバラな顔のパーツぶらさげてよく街中を歩けるよね。ましてや、よく愛歌ちゃんに顔を合わせられるよね。僕の顔と比べて自分の現状見つめな。そうしたら自分が何をするべきかわかるでしょ。だから、何が言いたいかっていうとさぁ、さっさと離婚するか、死んでよ。とにかく今すぐに愛歌ちゃんから離れろ。僕が愛歌ちゃんを抱いてあげるんだから。お前はいらない。そもそも、何勝手に僕の愛歌ちゃんに手を出してるの。頭おかしすぎてヤバい。愛歌ちゃんを束縛するのはやめて。愛歌ちゃんは僕と一緒に暮らしたがってる。二人だけで永遠という日々を抱き合いながら過ごすんだよ。わかる? 愛する人の心の声に耳を貸せない奴が一緒に暮らす資格なんかないんだわ。消えろ、消えろ、消えろ。ごめんごめん、心配しなくてもいんだよ、愛歌ちゃん。愛歌ちゃんは優しいから、僕が君の本音をズバッと言ってあげたの。僕が君を守るから。ずっと、ずうっと守るから」

「不在着信」

「不在着信」

 多いときでは一日に六百件を超えるメッセージが送信され、中には画像や動画もあった。そしてある日から、その画像の印刷が何十枚も自宅に送られてくるようにまでなってしまった。

 北海道小樽の風景。自宅の様子。今日食べたご飯。あらゆる角度から撮った自分の顔写真。ゲーム成績の画面。自分の裸の写真。自分の陰部の拡大写真。ひたすら笑い続ける動画。部屋一面に張られた愛歌の写真の動画。愛歌への愛の言葉を延々とつづる動画。挙句の果てには、愛歌の写真を見ながら自慰行為をする動画……。

「うぉえっ」

 自分で言って自分で吐く信二。

「食べながら言う話じゃなかったな」

 信二は大きくため息をついた。軽口もため息も平静を保つために行っているのだとわかるのは、彼の手がひたすらに震えているからだ。

「警察には連絡したの?」

 新花は心配そうに言った。

「いいや。するべきだった」

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