きっかけ屋

shomin shinkai

プロローグ

 古びた釣り堀に、客は誰もいなかった。それはそうだ。釣り堀の看板は半壊しているし、木々も雑草も自由に羽を伸ばしている。そもそも釣り堀というより、雨水が溜まった古代遺跡と表現した方が適切だ。

 そんな荒廃した世界に似合わず、キャップを深くかぶった黒髪の美女がそこにはいた。折り畳み式の小さな椅子に荒々しく腰を下ろしているにも関わらず、艶やかで上品。

 二人が近づいてくることに気がつくと、彼女は既に投下していた釣り竿を力強く持ち上げた。

 次の瞬間、激しい水しぶきと共に、二メートルを超える緑色の大魚が飛び上がった。

 荒々しく叫ぶ声は海鳥のよう。炯々たる眼球は銀河のよう。

 魚の姿は生物と非生物の混合。

 尾びれを始めとしたひれは全て半透明の映画フィルムで作られていて、質素な匂いを醸し出す鱗一枚一枚は紙片で構成されていた。だが、体をくねらせて水の粒をあたりに飛び散らせている様子は本物の魚そのものだ。

 大魚は釣られてすぐに空に向かって逃げ出そうとしたが、女性がそれを阻んだ。無駄のない動作で尾びれの付け根を掴むと、容赦なく地面に叩きつける。

 魚は痛そうな声をあげ、抵抗を諦めた。

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