第20話
仕方なく二人でご飯を食べにいき、帰ってきてもまだ時約は帰還していなかった。さては調査という口実を駆使して北国の夜を楽しんでいるだけかもしれない。
信二はお風呂に入った後、のんびりと酒をたしなんでいたが、新花はノートを開いてつらつらと何かを真剣に書き込んでいる。
「何してるの?」
「明後日の授業の予習」
「そんなことやらなくてもいいじゃん」
「何言ってるの? 私学生よ」
「中一でしょ」
「中一でも」
娘は何か思い立ったように筆を置き、信二と向き合った。
「パパ、私の夢知らないでしょ」
「え、あるの」
「あるよ! 言ったこともあるし」
「嘘だ。言われたら絶対に覚えてるよ。で、何?」
「二度は言わない」
「なんだよ」
「私の好きな食べ物くらいは知ってる?」
「失敬な。知ってるよ、カレーでしょ」
「ノー、ラザニア」
「うっそ」
信二は記憶を絞り出した。新花はカレーが大好きなはずだ。激辛カレーを好み、休日の度に二人でカレー探索の旅を……。
信二はまた自分が過ちをおかしたことに気がつき、音を出さずに舌打ちをした。
「もし六破を見つけたら、パパはどうするの?」
新花は澄んだ瞳で尋ねてきた。信二はうろたえる。
「わからない」
「殺すの?」
「そんな物騒なことはしない」
「殺したらパパはすっきりする? ちゃんと前を向いて……」
その続きを言おうか暫時躊躇った後、新花は別の言葉を紡ぎ出した。
「楽しく生きていける?」
「まさか、殺人は重罪だよ」
「そういうことじゃないよ」
新花が痛みに似た声を切実な表情で出し、信二の心は大きく揺さぶられた。
「ねぇ、見つけたら殺してしまうの?」
「それは……」
そのとき、部屋の扉が並々ならぬ力で叩かれ、部屋全体が揺れに揺れた。クマが襲撃してきたかと思われたが、扉を叩いていたのは柔道を極めた男、時約であった。かなり酔っているようで真っ赤な顔で床に倒れる。
これは、やりやがった。
信二はそう確信を固めたが、時約の手にはどこかの住所が書かれたメモが握られていた。
回らない呂律を必死にかき回しながら時約は自慢げに言った。
「あのときの警察わぁ、馬鹿が過ぎた。真実ってのはな、夜が持ってるものなんだよ」
「何、どういうこと?」
時約の口からいびきが飛び出した。
翌朝。数回吐いた時約が言うことには、六破によくしてもらったという女の一人が、引っ越し先を教えてもらっていたらしい。酔いの勢いと場の雰囲気に思わず口元の縛りがほどけてしまったのだろう。
場所は広島県の安いアパート。やはり近所に住みこんでいたようだ。
三人は北海道を去り、時約がそのアパート周辺から六破の情報を探ることになった。
「どうせ広島でもやっていることは同じだ」
と自信気な時約。
「自分の年齢を自覚してくださいね」
信二はいつも通りきっかけ屋の仕事を。新花は学校へ。
何か新しい情報がすぐに入るはずだった。
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