第19話

 手ごたえはない。当時の捜査でもそうだった。

 目喜多六破はここ小樽で生まれ育った。小中高を近所で済ませ、大学は東京へ。しかし、両親が交通事故で他界し、大学を中退して再び小樽に戻ることとなる。その後は定職に就かずにアルバイトを転々とする生活が続いた。それが事件発生までの彼の人生だ。

 愛歌とは大学時代に出会っていたと思われる。

 小学校までは取り留めのない少年だった六破だが、中学からの評判は決していいものではなかった。中学で二年間担任を受け持ったある教師は、彼のことを気分屋だと評した。気分がいいときには授業中に絶えず面白い軽口を叩き場を笑わせるが、ひとたび気分を損ねると、授業を放棄するならいい方で、椅子を蹴ったり隣の生徒を殴ろうとする危険な動きを見せることもあったそうだ。地頭がよくそこそこの偏差値の高校に入った六破だったが、学校外での飲酒、喫煙の噂が流れるような態度で日々を過ごし、学校の悩みの種だったらしい。ただ、彼は多くの場合一人であった。集団で誰かをいじめたりすることはなく、単独で規則を打ち破る。その姿が勇ましく見られ、一部の学生から崇拝に似た感情を持たれていたようでもある。彼は東京に出てからも偏った真っすぐを孤独に貫いて生活をしていたようで、ときとして陽気な世界の中心に、ときとしてその世界を破壊する魔物へと姿を変えた(その時代に愛歌と恋人関係にあったと考えるだけで信二は震えが止まらなくなる)。

 そんな不誠実ながらも英雄的な彼の人生を狂わせたのは、間違いなく両親の死だろう。双方の不注意運転がもたらしたありきたりな交通事故だった。

 善と悪という言葉は常に誤解を生む種であるが、あえて使うなら、両親の死が六破の悪の割合を増加させた。彼の繊細な善と悪の均衡を崩れさせたのだ。

 残ったのは、天性の狂気と変わらないプライド。培った多少の世渡り術と無関心は消え、つまらない堕落と執着にまみれた生活に浸された。

 そこにきっかけが現れ、愛歌が戻ってきた。

 狂気、プライド、執着。全てが合致して爆発するのにこれほど好条件な素材はない。

 三人は近くの小中高を回って情報を集めようと試みたが、当然当時のままの人事配置である学校などなく、情報量が少ない上、得られた情報も先に挙げたものを言葉遣いでいじくりまわしたものに過ぎなかった。

「いやぁ、やっぱ旅行はいいね」

 陽が落ち、三人は予約してあったホテルに泊まった。ふんわり心地良いベッドに飛び込む新花。

「旅行じゃないぞ」

 信二も椅子に腰を下ろすが、下ろしてみて自分が予想以上の疲労の中にいることがわかった。どこをさすっていいかもわからず、とりあえず椅子の手すりをさすりながら深いため息をついた。

 覚悟はしていたが、ここまで収穫がないと気落ちもする。

「俺はもう少し聞き込みをするよ」

 と時約。

「これ以上どこに?」

「夜の街へ。六破がいっていただろう店はいくつか絞っている」

「でもそれも当時調べたんでしょう?」

 時約は何とも言えない微笑を浮かべた。

「それじゃ」

「おいおい……」

 時約は飛び出していった。

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