第18話
三人は北海道に降り立った。
今年は暖冬であった。しかも今日は特に太陽が晴天の頂点で健やかに微笑んでおり、半袖一枚だけを身に纏った人間たちも随所に見られた。空港を出た三人は、砂漠に水なしで挑んだ人を見るような冷めた目線を浴びた。
信二の隣を、乗客たちが勝ち誇った表情で通り過ぎていく。舌を出して煽ってくる者までいた。信二は恐る恐る後ろを振り向く。信頼できる刑事と、優しい愛娘の姿はそこにはなかった。
何かを言わねばと心は考えたが、膝は自動的に床につけられていた。
「すみません」
脱いだ服は責任を持って全て信二が持ち、一行は小樽へと出陣した。
今回は電車である。
新花と信二は並んで運河と真っ向から対峙した。モダンを切り開く自然という構図は、実際にそうではなくても、自然を切り開くモダンよりも心が幾分か落ち着く。風が吹いていないのに髪がなびいた。
運河を見ながら体の内側からふつふつと湧いてくる感情が一体何か、信二には全くわからなかった。過去と向き合う選択をした自分に対する安堵がないわけではない。だが、六破を思い出すだけで憎悪や殺意が湧いてくるのもまた事実。相変わらず脳裏に呼び起こされる愛歌の姿も、その答えを教えてくれるわけではない。
自分のバッグから、どこにいても似合わない光るナップサックを取り出してみる。コロコロと眩しく色を変えるその姿、腹が立ってくる。やはり何も教えてはくれない。
いや、きっかけは全てを示唆している。気づいたと思えるかどうかは今の自分が決めなければならないのだ。今の自分は散乱した感情の中に目的を持っている。きっと新花も。
信二は横目で風景に見とれる幼い大人を一瞥し、珍しく親近感に似たものを抱いた。
「観光にきたんじゃないですよぉ」
時約が分厚い手と手で音を弾きながら二人を戒める。先生のようだ。
六破のアパートは当時と変わらぬ形態でそこにたたずんでいた。変わっているのは信二の眼球の方だ。悪のオーラが滲み出ているのが見える。
既にこのアパートに六破がいないことはわかっていた。愛歌に送られた手紙から推測するに、恐らく彼は九年前の時点で本土に渡ってきている。だが、その後の足取りが掴めない。県内のネットカフェや漫画喫茶を転々としていた記録だけが残っていることから、固定された移住地を持っていなかったのではとも推察される。よって現時点で、このアパートが彼の最後の居場所ということになる。
三人は部屋の前に立ってみた。今は空き部屋のようで、人の気配がしない。近隣の住人に一応尋ねてみたが、誰も彼の存在は知らない。
「だって、九年よ」
と偉そうに言う新花。
時約はアパートの大家に連絡を取っていた。六破の名前を出すと、大家はあからさまに顔をしかめた。
「目喜多さんでしょ。えぇ、えぇ、九年前出ていきました。せいせいしていますよ。なんてったって、夜中に奇声はあげるわ、壁は常時殴るわ、通りがかりの住人に唾を吹きかけるわ、もう散々でしたから」
「注意しても直らない。立ち退きを要求しても言うことを聞かない。それどころか、私の家に怒鳴りこんできたこともあったんですよ!」
大家の怒りは止まらない。持っていた箒をグルグルと振り回す。
「それで、その後どこにいったのかは……?」
「知るかぁ、そんなこと!」
「ですよね!」
三人は急いで大家に背を向けた。
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