第28話
息も絶え絶えになっていた信二と六破の後ろから、獣の咆哮のような怒声が響いた。驚いて背後を振り返ると、金髪をぶら下げたいかつい男たちが集団でこちらを追いかけてくるではないか。
「え?」
ラリアットでもお見舞いされるかと覚悟を決めた信二であったが、男たちは信二に追いつくと口々に励ましの声をかけてくれた。
「奴を捕まえましょう!」
「え」
「あと少しです。頑張って下さい!」
「お……おう!」
砂煙を立てながら、集団が六破を追い詰める。だが、とことん往生際の悪い男だ、六破はさらに限界を超えた。体に悪そうな咳をしながらも、全身全霊を使って逃げることを夢見ている。
ナップサックを抱えて大人しくわきのベンチに座っていた新花。その前を、ぜぇぜぇ言いながら走る男が通り過ぎ、続いて野党のような恐ろしい男たちが罵声を上げながら通り過ぎた。
「……パパ?」
新花は数秒遅れで、その危険な集団の中に優しくて穏便なはずの父が含まれていることに気がついた。
動揺する新花は、ナップサックに助けを求める。当然、ナップサックは助言を授けたりはせず、色をコロコロと変えて楽しそうにしているだけだ。だが、その矢印の形は変わらない。常にどこか一点を指し続けている、矢印の形だけは。
新花は父を追って走り出した。
六破は何故か走路を海へと続く道に変更した。溺死して全てを有耶無耶にするつもりなのだろうか。そんな行為を許す信二ではない。そう思うと、自然と腹の底から高ぶった感情が飛び出してくる。
共鳴する金髪集団。一段とスピードを上げ、六破との距離を詰める。
砂浜に入った六破は急激に失速した。足場が悪くなったせいで単純に走りにくくなったこともそうだが、走りにくかったことが肉体に疲労を思い出させてしまったのだろう。筋肉中が痺れ、六破はそのあまりの痛さに空を見上げて口を大きく開けた。
そんな六破の背中に、集団の中で一番勇ましい男のドロップキックが炸裂した。
首をのけぞって吹き飛ぶ六破。だが、まだ倒れない。地面で一回転した後、再び立ち上がる。途絶え途絶えの声で叫んだ。
「俺は何もしていない!」
男たちに捉えられる六破。強制的に砂浜に座らされる。
近づいた信二は、乱暴に六破の胸倉を掴んだ。
「いいや、お前は愛歌を死に追いやった!」
「違う、愛歌ちゃんが勝手にやったことだ。俺は彼女を真剣に愛していた」
「この野郎!」
殴り掛かろうとする信二。男たちが慌てて止めた。
「ちょっと、そういう暴力はいけないっすよ!」
何人かの男たちに抑えられながらも、信二は暴力を繰り出そうとし続けた。瞳からは涙が溢れ、疲労と怒りで体が変な震えを引き起こしている。
色々と考えたが、やはり考えなど無意味だった。この男の姿が、声が、絶大な憎悪を掻き立てる。
「パパ!」
新花が懸命に追いつき、信二の腕を握った。そこでやっと信二の動きが止まる。
「新花……」
六破は呟いた。
「あのときの子どもか……大きくなったな。似ている」
「黙れ」
「君は見ていたけど、覚えていないだろうな」
六破は新花を見たまま語り始めた。
「丘の上に大きな木がある公園で……」
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