第11話

 椅子は軽やかな足取りで二人を……空港まで案内した。

 札幌いき。所要時間一時間半。

 地面が遠ざかっていく中、信二は絶望を感じていた。遠すぎる。北海道とは、日本の最北。つまり、日本の北極。山も海も越えていかなければ到達できない遥か彼方の大地。

 ……いきたくない。

 一方の愛歌と椅子は楽しそうだった。愛歌は空港内のコンビニで弁当やらお菓子やらを大量に買い込んで、むしゃむしゃと頬張っている。

「まぁまぁ落ち着きなさい信二君。こう考えるべきよ、よかったぁ国内で」

「そんなこといったって、東京じゃない、仙台じゃない、北海道だよ!」

 乗客たちの咳払いが一斉に鳴った。

「静かにしなさい。まったく」

「愛歌、北海道いったことないでしょ」

「ないけど」

「北海道って、広いんだよ」

「知ってるわ!」

「知らんだろ。東京が何十個入ると思ってるの? もし札幌に降り立って根室とか稚内にいくことになったらもう何日かかるか」

「大丈夫っしょ」

「いやいや、途中にでっかい山とか沼があるし、クマもシカも襲い掛かってくる場所だよ、北海道って」

「ねぇ、ホントに北海道知ってる?」

 再び乗客たちの息のあった咳ばらいが響いた。

 愛歌は開けたばかりのグミを信二に差し出した。

「とりあえず食べる?」

「……うん」

 二人は黙々とお菓子の袋を開けては食べる。信二に至ってはやけ食いに近い。愛歌の懐からは無尽蔵にお菓子が湧き出た。椅子も静かに帰省のときを待っている。

 到着する頃には、糖分の過剰摂取のために二人は爆睡していた。

 北海道は、大雪だった。

 二人はガタガタと体を震わせながら空港に降り立つ。寒風が吹きつける度に悲鳴が勝手に口から出た。

「寒い、寒い、寒い。北海道寒い!」

「なんで服を買わずにお菓子なんか買ったんだよ!」

「あんただって食べたじゃん。同罪よ、同罪」

「あぁ、ダメだ。とにかく服を買いにいこう」

 無論、大雪といっても道民からしたら小降りに過ぎないのかもしれない。ただ、温暖気候でぬくぬくと育ってきた二人には大雪と大寒波に他ならない。二人は、店の人も驚いて止めかけるほど大量の防寒具を買い込み、白い世界に再上陸した。

「とりあえずルーレットを回そう」

 鼻と頬を赤くした信二が、抱えていた椅子を地面に下す。

 二人は両手を合わせて祈った。

「いくな。東と北には絶対にいくな!」

 椅子はその場を楽しむようにしばらく佇むと、そっと北西の方角に歩き出した。

 歓喜! 二人は抱き合って飛び跳ねた。すぐさまタクシーを一台捕まえて乗り込む。

「どこまでいきます?」

「北西」

「えぇ?」

「いいというまで北西にひたすら進んで下さい」

 運転手は明らかに狼狽した表情を浮かべた。最悪の客だろう。

 

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