第12話
タクシーの中で揺れること二時間。
ついに椅子が反応を示した。今までは冷静だったが、急にその場で上下運動を始め、愛歌を滅多打ちにし出したのだ。
「ここで降ろしてください」
降りた場所は小樽市。しかし、近代的な貿易港のエリアからは大分外れ、見渡す景色は何の遜色もない家々だ。
「雪がなかったら北海道だとは思わなそうな場所ね」
「失礼だな」
椅子はなおも二人を導き、小汚いアパートの前で動きを止めた。
201号室。インターホンを数回鳴らすと、男が出てきた。手入れのされていないロン毛と口髭をぶちまけている汚らしい男だ。着ている服もヨレヨレで、酷い臭いだ。
信二は露骨に嫌な顔をして一歩後ろに下がる。
芸術的な椅子とは相反するような男だ。きっかけはその人物に似るのではなかったのか。
仕方なく愛歌が男に声をかける。
「こんにちは、きっかけ屋です」
大体の人間がその言葉に首を傾げるのがお決まりだが、男の反応は異なっていた。というより、言葉が耳に入っていなかった。なんと、男は突然愛歌の手を握りしめたのだ。
眉間に皴を寄せて詰め寄る信二を見向きもせず、男は言った。
「愛歌ちゃん……」
「誰?」
二人は同時に叫んだ。
「俺だよ。六破。目喜多六破」
愛歌が深いため息をつきながら信二に目線を送った。
「元カレ」
「手を離せ」
信二は六破に言い放った。六破は不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと愛歌から手を離す。笑みで広がった口からは、折れた歯が顔を覗かせた。愛歌が咳ばらいを一つ。
「じゃあこれ、きっかけ。渡すことが仕事だから」
六破は笑顔のまま愛歌を見つめ続けてきっかけを受け取らない。信二が腕の中に強引に椅子をねじ込んで尚も、目線は愛歌。椅子が不憫に思えて仕方がない。
「ねぇ愛歌ちゃん」
「それでは」
信二は愛歌を守るように六破から背を向けた。
「愛歌ちゃん!」
「愛歌ちゃん!」
階段を下りながら信二は囁く。
「あんな男と付き合ってたの?」
「人生最大の汚点ね。でもそのときはかっこよく見えたの」
六破が階段上から叫ぶ。
「愛歌ちゃーん!」
「あれが?」
「あれがね」
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