第10話
「遅い。学校遅刻確定なんだけど」
制服を着たまま竿を握る女子学生が、遅れてきた二人にうんざりとした口調をぶつけた。
「ごめん、ごめん」
と愛歌。
「信二が悪いの」
信二は口をあんぐりと開けた。
「えぇ? 俺のせいにするん?」
「だってそうでしょ。起きるのは遅いし、朝ごはん食べるのも遅いし……」
「朝食にラーメンを出されちゃ誰だって食欲減退するでしょ!」
「出されただけでも感謝しなさい、それに私の地元じゃ普通なのよ!」
「黙って、黙って! 一番の被害者は私ってことを忘れないで。朝っぱらから面倒くさい夫婦漫才見せやがって」
「ごめんなさい」
二人は頭を下げた。下げたまま小声で囁き合う。
「くぅ、朝から毒舌だなこの娘は」
「そういう年頃なのよ」
「聞こえてるから。……今日は二人揃ってるけど、新花ちゃんはいいの?」
「うん。今日は親戚が見ててくれるわ」
「ふうん」
女子学生は聞いたくせに興味がなさそうに返事をし、崩れかけた小屋の中から、今日のきっかけを持ち出そうとする。小さいきっかけはかごに入れ、大きいきっかけは鎖で繋ぐ。音から察するに今日は大きいきっかけらしい。場所と大小に因果関係はないが、大きければ大きいだけ他人の注意は引く。
信二と愛歌は鎖が地面に打ちつけられる音を聞きながら揃って落胆した。
女子学生が持ち出してきたのは、音符の形をした芸術的な黒い椅子だった。指揮者が指揮棒を振るえば音を奏でるであろうし、座ればそこから音楽の温もりが溢れるだろう。とても汚らしい水から飛び出したとは思えないほどの光沢を放ち、彼の本来の居場所は大理石の床なのではないかとすら思う。さらに、多くのきっかけとは違いって暴れ回ることもない。優雅な足取りで地上を歩く。
二人は息を飲んでしまった。
「完璧なきっかけね」
「どこに住んでるかによるけどね」
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