第8話
新花はため息を押し殺した。今は怖い先生の授業。睡眠はもちろん、あくびやため息すらも先生に対する侮辱だと考える人で、バレたら怒鳴られる。それはわかっているはずなのに、横で男子生徒が馬も飲み込めるだろう大口をあけてあくびをかました。寝不足だったらしいが、先生が目ざとくそれを見つけて公約通りにもちろん怒る。笑って済ませられるような雰囲気ではないくらい長々と激しく怒られた。新花は自分がなぜため息をつこうとしていかをすっかり忘れた。
新花は次の時間の予習をしていた。友達はそれを覗き見る。
「ちょっと、何見てるのよ」
「お願い見せて! 今日先生に当てられるの私。これもうホント一生のお願いだから」
「毎日死んでるのかお前は」
新花は笑いながらノートを見せた。
英単語抜き打ち小テストが行われた。そこそこいい点数だった。周りを覗き見て自慢の一つでもしようと思ったが、たかが小テストだと思いなおして止めた。案の定点数をひけらかした生徒が皆から罵倒されていた。
お昼の時間が訪れた。このあたりは中学校まで給食の学校が多かった。聞くところによると、隣の市では中学校からお昼は弁当のシステムらしい。皆は羨ましい羨ましいと唱えているが、給食がなくなったら間違いなく新花はコンビニ食となり、健康が損なわれるので羨ましいとは思わなかった。配膳された食事はしっかりと全部食べた。牛乳を残す人が多かった。
五限目は爆睡の時間。
六限目は意外と持ち直す。
スマホを持ってきてはいけないルールなのに、どこからかラインの通知音が連続で三回鳴った。凍りつく教室。一回、二回は許せたが、三回は許せなかったのだろう。
「誰だ?」
先生は怒りを押し殺した声で尋ねた。誰も答えなかった。
その後、普段は温厚な先生がまさかの大激昂。本日二度目の落雷。授業が潰れた喜び半分、怒鳴られた後味の悪さ半分。しかもスマホをマナーモードにしていなかった不注意な人間は、午前中にあくびをして怒られたあの男子生徒であった。本人が全面的に悪いのだが、さすがに不運が重なりすぎて少し同情した。
今日は雨だったので、テニス部は室内での筋力トレーニングを行った。と言いつつ、決められたメニューを終えた後はいつものようにトークタイムが待っているだけだ。新花の脳は死んでいたが、ありがたいことに口が勝手に饒舌を振るってくれた。
傘をさして家に帰る。まだ信二は帰ってきていなかった。
電気はつけず、リビングで制服から私服に着替える。ふと私服を着る手が止まった。
「……」
新化は下着姿のままフラフラと玄関までさまよい歩き、ドアに手をかけた。
だが、やめた。
リビングに戻り、黙々と私服に着替える。
今度は服を着たまま玄関へいった。靴を履いて、そっとドアに手をかける。耳に入ってくる時計の針の音。無意識的に時計を見つめ、やめた。再びリビングに戻ると床にあぐらをかく。
新花は、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「ママ……」
ドアを開ける音が響き、父が帰ってきた。リビングに入ってきたので新花は明るく「おかえり」と言った。驚く信二。
「うわっ、びっくりした。電気もつけないで……」
新花は黙っていたが、父がそれ以上言葉を続けなかったので沈黙を止めた。
「私も今帰ったところだったの」
「そう……」
信二は手を洗う。新花は言葉を探した。
「私たちの予想通り、言われたよ」
「何を?」
「クラスの子に、きっかけ屋ってなんだよって、オカルトかよって」
「ええ!」
信二の頬が引きつった。それを見て笑う新花。
「大丈夫。写真も見せて、動画も見せて、それから言ってやった。私のパパの方が、あんたのパパみたいな会社の歯車よりも稼ぎが多いんだぞ、って」
「言い過ぎだなぁ、それは」
信二はコートを脱いだ。紺色のコートの下から、何故かまばゆい光が。
「うわっ。まぶしっ」
新花は両目を手で保護する。
「な、なにそれ」
薄暗いリビングに陽気なダンスパーティー会場の異物が混入する。
信二は蛍光色をまき散らしながら新花を警戒するナップサックを手に取った。
「これ。俺のきっかけ……らしい」
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