第25話
「……パパ」
女性が帰った後、新花は妙に落ち着いた表情で父を見つめた。
「どうした?」
「このボールね、記憶の中でママが私にくれたボールなの」
疑惑的な表情で信二は新花を見つめ返す。
手の力を弱めると、ボールは新花の腕から逃げ出し、部屋中をバウンドして遊び始めた。
「うわっ、こらこら!」
食器棚にのしかかり、本棚をなぎ倒す。凄まじい音と共に、朝食が分厚い本の下敷きになった。
「なんてことを!」
「これを見たら、記憶を思い出した」
瓦解する部屋の惨劇を見ながらも、新花の声は冷静だ。
「記憶は間違っていた」
「え?」
「私、パパとは公園にいってない」
赤いボールが花瓶を叩き割った。
「丘の上に大きな木がある公園で……」
ママは私の目線に合わせてしゃがみ込み、赤いボールを渡した。
「ちょっと一人で遊んどいてね」
そう言われたけれど、私はママの言葉を聞かなかった。幼いながら何か不穏な空気を察したのかもしれないし、ただ単に寂しかっただけかもしれない。私はボールを持ったままママを追い、見つからないように大きな木の陰に隠れた。ママは誰か知らない人と向き合っていた。
今ならわかる。それがパパではなく六破だったと。
「は?」
信二は呆然とした。愛歌と六破は既に会っていた?
「本当か?」
「うん。写真で見た顔と一緒」
「何を話していたんだ?」
「ほとんど覚えてない。私五歳かそこらでしょ?」
「確かに……」
「でもね、でも!」
新花は走って自分の部屋へといき、ボールもその背中を追っていく。整理整頓された淡泊な部屋のタンスには、幼少期の思い出ボックスが入っている。新花はそれを豪快に開け、派手にぶちまける。その荒々しさに同調するようにボールの勢いも増し、新花の周りを全力で飛び始めた。
「一体なんだっていうんだ」
「会話は覚えてないけど、六破はママに飛行機のチケットを渡したの」
「チケット?」
「ママはそれを地面に投げ捨てた。でも私は……拾った!」
昔集めていたアニメのカードをケースから床にばらまき、まるでカラスがゴミ袋の中から食物を探すように顔を突っ伏してチケットを探した。
「あぁ、どこにしまったんだっけ。捨ててはいないはず」
ボールが新花の眼下に入り込んできた。
「ちょっと、邪魔しないで!」
手で払いのけると、ボールはタンスの奥に飛ばされて、そこで無限に暴れ始めた。さすがに舞う埃。せき込む二人だったが、そのおかげで見えていなかった箱が露わになった。
「これだ!」
新花は興奮して箱に飛びつくと、その中から古びて茶色くなった紙を取り出した。幼き新花が行ったファインプレーが形となって今手元に呼び戻されたのだ。
「沖縄行き」
「それがどうした」
「六破がママと一緒にいこうとした場所だよ。ママは断ったんだ」
「新花の推測だろ?」
「そうだけど、他に手掛かりはないでしょ。絶対沖縄だって!」
「でも、沖縄だって広いよ」
「北海道よりは小さいって」
つぶらな瞳が信二を見上げる。
「ねぇパパ、探さないの?」
この顔をされたらもう親は首を縦に振るしかない。
「…………探す」
「やったぁ!」
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