第6話
「起きて! 起きてってば!」
信二は薄く目を開けた。朝の陽ざしと朝の温もりが部屋を包み込んでいる。太陽に負けない明るいエネルギーが信二を揺すっている
「おはよう。早くしないと朝ごはんが伸びちゃうわよ」
「おはよう」
笑いかけられた気がして、笑い返した。
「新花……学校は?」
「何言ってるの? 新花はまだ四歳よ」
「あぁ……そうだね」
寝返りを打とうとした信二を止める。
「なにまた寝ようとしてるの、ご飯が伸びるって言ってるでしょ!」
「わかった、起きるって…………ご飯が伸びる?」
掛け布団を弾き飛ばして勢いよく起き上がる信二。
「うん。ラーメンが」
「勘弁してくれ。なんで朝からラーメン?」
「パパ!」
我に戻って、自分が食事中だったことに気がつく。もちろんラーメンではない。手には一口かじられたパンが握られており、口の中にはその一口が残っている。
「もう学校いくねって」
中学生の新花。怒ったような困ったような顔をしてこちらを覗き込んでいる。
「あぁ、うんうん、いってらっしゃい」
「いってきまーす」
家のドアが音を立てて閉まった。
新花は家を出て、歩いて十分、学校へ。天気はまずまず、登校時間の十五分前に入校。
まだ閑散としている教室。
まとめられた親の職業レポートが張り出されている。発表があったわけではない。張り出されたレポートを誰が読むわけでもない。毎年やっていたから今年もカリキュラムに加えられていただけで、いくらでもでっちあげることができたレポート。
何人もの友達が登校時間ギリギリで滑り込み、出席を取る先生がいつものように不平の声をあげて、恒例の笑いが生じる。始業の鐘が鳴り響くと、六時間にわたる長い戦いの幕開けだ。怖い先生、つまらない先生、自称面白い先生。時計の針がグルグルと動き、新花は黙ってシャーペンを動かす。気体、液体、個体。教室の温度の変化に合わせてしっかりと状態変化をする新花。ほとんどの時間を真顔で過ごし、時々笑顔を作って、時々発言する。
部活はテニス。強豪校ではないので過激な練習も度を越した拘束時間もない。とりあえず大きな声を出して、なんとなくラケットを振って、無心でボールを集めて、適当に友達とコーチの愚痴を言う。それで終わり。それが終わったら帰る。
帰って父がいるかはわからない。届け先が遠かったら遠かった分だけ帰りが遅くなる。食事があったら食べる。なかったら作る。買うこともあったり、時々夜に遊ぶこともあったり。
そして寝る。朝起きたら、多分父が帰っているだろう。
父のために朝食を作ろう。
きっと食べてくれるはず。二回目の朝食を。
牛乳を飲んでいる父に向かって明るい声を投げかける。
「パパ! 二度寝はダメだよ」
「ん?」
明るい声も手慣れたものだ。心境を無視して毎日学校にいけるように、いつ頃からか備わった特技。ただ、その明るい声は乾いていて、生気が染み込んでいない点で完璧ではない。……それに気がつく人なんていないのだけれど。
「学校、いってくるね」
「あぁ。いってらっしゃい」
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