第9話:スキルとは?
しかし、バズズ様はガゼルヴィード家の事情を知っていたのか、顎髭を撫でながら何やら考え込んでいる。
「こ、これだけの実力を持っているアリウス様を勘当ですか!?」
「まさか、ガゼルヴィード家というのはそれほどに武芸に優れた貴族家なのですか?」
「あ、いえ、落ちぶれ貴族です。特に今の当主と次期当主は銅級騎士なので普通の中の普通だと思います」
「……のう、アリウス殿。ユセフはどうしたのだ? あやつがいてこのようなことが起きるとは思えないのだが?」
一人だけ冷静に口を開いたバズズ様に、俺は現在のガゼルヴィード家の状況を説明した。
親父のライアンが全権を握っており、お爺ちゃんは別宅で隠居生活を送っているのだと。
「……ふむ、そうか。ユセフは剣を握っておらんのか」
「あ、いいえ、それは違います。俺の剣技はお爺ちゃんから教えてもらったものですし、今でも素振りを欠かしてはいませんから」
「……あの、バズズ。アリウス様が勘当されているとなると、あちらの家は荒れているのではないですか?」
「そうじゃのう。面倒を持ち込むわけにはいかんし、ユセフとの再会は次に先延ばしするか」
「ですがお爺様。馬車が壊れてしまいました。修理をするためにも、やはりナリゴサ村には向かわなければ」
移動手段がなくてはどうしようもないとリディア様が口にすると、そのまま三人は考え込んでしまう。
あの家の現状が荒れていると判断するべきかは正直分からないが、馬車に関してはどうにかなるかもしれない。
「あの、馬はどうするつもりなのですか?」
「しっかりと躾はしているからな。魔獣に喰われたりしていなければ、この場が安全だと分かれば戻ってくるはずじゃ」
「分かりました。でしたら、馬車は俺がなんとかしましょう」
「「「……え?」」」
呆気に取られている三人をしり目に、俺は魔法鞄から大工道具を取り出した。
車輪が外れて傾いている馬車に近づいた俺は、そこで木工スキルを発動させる。
……なるほど。この車輪はもうダメだな。完全に割れてしまっている。それに車軸も折れて使い物にならない。
ただ、魔獣に襲われて車輪と車軸だけがダメになったというのは不幸中の幸いだろう。荷台の部分は全く問題なく使えそうだ。
俺は周囲に視線を向けると、先ほどの戦闘で倒れてしまった大木に目を付けた。
続けて魔法鞄から斧を取り出すと、大雑把に木材を切り出し、それを必要なサイズに丁寧に整えていく。
壊れていない後輪の車輪や車軸を参考にしながら手際よく作り出していくと、二時間と掛からずして必要な部品が出来上がった。
その間、三人は何も言わずに俺の作業を見ていたのだが、面白いのだろうか? 少なくとも俺に面白さは分からない。
まあ、俺の作業はあくまでも応急処置だ。大きい街に到着したら本職に直してもらうだろうし、おそらくはちゃんと直しているのかを見張っているのかもしれないな。
傾いたままでも車軸ははめられたが、さすがに車輪を取りつけることはできない。
馬車自体は当然ながらとても重い。俺一人では当然持ち上げられるはずもないのだが、ここで怪力スキルを同時に発動させた。
「うおっ! これでも、だいぶ、重いなぁ」
スキルを発動させてなお重い馬車だったが、俺は全体重を掛けてなんとか前方を持ち上げることに成功した。
「……これは、現実なのか?」
「……え? ……え?」
「……」
驚愕の声を漏らすバズズ様に、何が起きているのか分からないといった感じのレミティア様。リディア様に至っては無言で馬車を見つめている。
「……あの、バズズ様。すみませんが、車輪をはめてもらっても、いいですか?」
「……あ、あぁ、わかった」
口を開けたまま固まっていた三人を見て、俺はなんとかバズズ様に声を掛けた。
この体勢のまま車輪をはめることはさすがにできず、バズズ様にお願いして作ったばかりの車輪をはめてもらう。
車軸も新しく作り直したが、どうやらしっかりとはまってくれたようだ。
あとは車輪が外れないように定着スキルでガッチリと固定して完成だ。
「……こんなもんかな!」
満足気にそう呟いた俺が振り返ると、やはり三人は固まったまま、応急処置を終えた馬車を見上げていた。
「……あ、あの、アリウス様? あなたの天職は大工で、木工スキルをお持ちなのですか?」
「違いますけど?」
「……いや、あれだけの剣技を見せたのです、戦闘職ではないのですか?」
「それも違います。そもそも、戦闘職なら騎士職でなくても追い出されはしませんよ」
「「……では、いったいどんな天職でスキルを授かったのですか!?」」
まあ、そうなるよなぁ。
魔獣に襲われているところを助けて、身の上を語り、目の前で馬車を直してしまった。
ここで何も言わずに去ることもできるが、三人はきっと疑問ばかりが頭の中に浮かんでしまい夜も寝れなくなるだろう。もしかすると、俺のことを調べようとこのままナリゴサ村へ向かうかもしれない。
曲がりなりにもガゼルヴィード家も貴族である。他貴族が俺を探っていると知れば、また良からぬことを企むだろう。面倒だし、それだけは絶対に避けなければならない。
「えっと、俺の天職はモノマネ士で、スキルは定着です」
「……ア、アリウス様、それは本当なのですか? 本当に、本当?」
「はい。木工はたまに手伝いで習っていました。車輪は定着スキルで固定したので外れることはないと思いますよ」
「……え? ええっ? では、先ほどの戦闘で見せた動きは……ええええぇぇっ!?」
レミティア様は何度も確認を行い、リディア様は混乱してしまったのか理解できないことばかりが起きて大声をあげてしまう。
うーん、二人を助けるためとはいえ、やり過ぎてしまったかも。
この場をどうやって離れようか考えていると、気配察知スキルに反応するものが近づいてきた。
しかし、敵意のようなものは感じられず、そちらの方向にバズズ様が顔を向けてホッとした表情を浮かべていたので、安全なものだと察した。
こちらも上手く話題を変えることができたのでありがたい。
「……どうやら、馬が戻ってきてくれたようですよ、レミティア様」
「すごいですね。魔獣も少なからずいたはずなのに、逃げ切ったとは」
「馬車を引かせておりますが、元は私の愛馬で軍馬でしたからな」
驚きの声をも漏らした俺に、バズズ様が満足気に答えてくれた。
軍馬か。相当に鍛えられた馬なんだろうな。
茂みの奥から姿を見せた馬は、小さな魔獣であればその足で踏みつぶしてしまうのではないかと言うくらいの巨馬で、遠目から見ても筋肉が盛り上がっているのがはっきりと分かる馬体をしていた。
なるほど、これならばさらに巨大なデスベアーや、武器を使うスケルトンナイトでなければ殺すことはできないだろう。
「よかったですね。それじゃあ、俺はこの辺で失礼します」
「え? ……アリウス様、行ってしまうのですか?」
「まあ、はい。俺も家を追い出されて、旅をしているところですし」
「……そう、ですか」
これ以上関わると面倒なことになりかねない。そう思い口にしたのだが、レミティア様がなんとも言えない悲しそうな表情でこちらを見つめている。
護衛がいるとはいえ、つい先ほど魔獣に襲われたのだ。不安に思う気持ちはあるだろう。
すると、バズズ様が満面の笑みを浮かべながら口を開いた。
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