第15話:ギルドマスター
しばしの沈黙のあと、階段の方からパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「はっ! マ、マスター!?」
拍手の音に振り返った受付嬢がそう口にする。
階段のところに立っていたのは、緑髪を後ろで纏めている細身の女性。耳が長くツンとしているところを見ると、エルフかハーフエルフといったところか。
しかし、マスターというのは、ギルドマスターということだろうか。
……うん、これはヤバいな。実力を測ろうとしても、今の俺には全く分からない。
バズズさんと同じで、お爺ちゃんと同等の実力者ということだ。
そんなギルマスだが、俺と目が合うと、ニコリと笑いながらゆっくりと舞台の方へ近づいてきた。
「お疲れ様でした、アリウス君」
「あ、はい」
「ミスティ、彼の冒険者カードの発行を進めなさい」
「お、お言葉ですが、マスター。彼はモノマネ士という不遇職を授かっております。あまりにも危険であり、命を落とす可能性だって――」
「今のを見てそう口にできるのね。それに、模擬戦は明らかにアリウス君の勝利。約束を反故にするつもりなのかしら?」
笑みを絶やしてはいないが、放たれる威圧感は相当なもので、こちらに放っていないにも関わらず、漏れ伝わってきている。
それだけの威圧感を真正面から受けた受付嬢……ミスティだったか。彼女はビクッと体を震わせたあと、ゆっくりと階段を上がっていった。
「……さて、アリウス君。先ほどは私たちの職員が失礼をいたしました。申し訳ございません」
「あ、いえ。俺は冒険者カードが発行されればそれで問題ないので」
「ありがとうございます。ですが、彼女も登録した新人が死んでしまったという現実を何度も目の当たりにしてきた者なのです。純粋にあなたを心配しての行動だったということだけは、信じて欲しいわ」
そう口にしながら、ギルマスは先ほど俺が記入した書類をいつの間にか手にしていた。
「それにしても、モノマネ士ですか。……レミティアさんとリディアさんは、彼の強さの秘密をご存じなのですか?」
直接聞いても答えないと思ったのか、ギルマスは俺ではなく二人に問い掛けた。
「……いいえ、分かりません」
「……私も同じく」
「そうですか。……アリウス君」
「はい」
「どうでしょう。私と一度、手合わせをしてくれませんか?」
「……はい?」
まさかの提案に、俺は一度聞き返してしまう。
だが、聞き間違いではなかったようで、ギルマスはおもむろに壁際へ歩き出すと刃が潰された細剣を手に戻ってきた。
「……本気、ですか?」
「もちろんです。あなたが本当にモノマネ士であれば、先ほどの実力は異常としか言えません。その異常がなんなのか、私はそれに興味があります」
「でも、俺が冒険者になれるのは確定しているんですよね?」
「もちろんです。私たちは約束を反故にするつもりなどありませんから。ですが……こういうのはどうでしょうか?」
何を企んでいるのか。本当に単純な興味からの行動なのか。
俺がそんなことを考えていると、ギルマスの姿が一瞬にして舞台の下から消え、気絶して転がっていた男性の真横に移動していた。
「い、いつの間に!」
「速い!」
レミティアとリディアからはそんな声が漏れ聞こえてきた。
確かに速い。それに、今のはスキルを使った速さではなく、単純な身体能力による動きだった。
……この人はやはり、お爺ちゃんと同等か、もしかするとそれ以上の実力者なのかもしれない。
そして、だからこそ俺の気持ちは一気に昂っていた。
「邪魔よ」
「ぶげんっ!?」
細腕のどこにそれだけの力があるのか、ギルマスは男性の首根っこを片手で掴むと軽々と持ち上げて、そのまま舞台の外へ投げ飛ばしてしまう。
地面に激突した衝撃で目を覚ましたようだが、何が起きているのか理解できずに周囲をキョロキョロを見回していた。
「あなたの実力が相応のものであれば、ランクを優遇して差し上げましょう。いかがですか?」
ランクの優遇か。確かに魅力的な申し出ではある。
だけど、今の俺にとってはどうでもいいことだった。
「ランクの優遇は必要ありません、やりましょう」
「おや? よろしいのですか?」
微笑みながら首を傾げている。この人、実に腹黒い気がしてならないな。
「あれだけ煽られたら、あなたを相手に実力を試してみたくなるのは当然じゃないですか」
お爺ちゃんよりも強いかもしれない相手なんて、そうそう出会えるものではない。
ならば、そんな貴重な手合わせの機会を逃すなんて、できるはずがない!
「褒め言葉として受け取っておきましょう。それでは、やりましょうか?」
そう口にした途端、放たれる威圧感がこちらに集中したのか、やや息苦しさを覚えてしまう。
俺は昂った気持ちのまま木剣を構えてギルマスと相対すると、誰からの合図もない中で同時に動き出していた。
まずはスキルを使わずに打ち合ってみたのだが、先ほどの金髪を放り投げた時に見せた膂力によって、俺の方が後ろに弾き飛ばされてしまう。
追撃を警戒していたのだが、ギルマスは細剣を構え直してこちらを見つめている。
「本気で来てもいいのですよ?」
「……分かりました。では――はっ!」
快速スキルと怪力スキルの同時発動。受け止められたとしても、今度はギルマスを吹き飛ばす気持ちで渾身の一撃を放つ。
――ドンッ!
「……嘘だろ?」
「……素晴らしい一撃ですね」
ギルマスが立っている場所を中心に、舞台が円状に陥没している。
俺が吹き飛ばすつもりで放った一撃は、完全に受け止められてしまったのだ。
「次は、私からいきますよ?」
――ぞわっ。
背筋に今まで感じたことのない悪寒を覚えた俺は、その場から舞台の端まで一気に飛び退く。
すると、円状に陥没していた穴のさらに一回り先の舞台に鋭い切り傷が無数に刻まれた。
あれを一瞬にしてギルマスが作ったのだとしたら、剣筋がまったく見えなかった。
だが、俺はあの剣技を知っている。何故なら、同じ剣技を長い間ずっと見てきたからだ。
「……柔剣、
「柔剣を知っているのですね?」
「えぇ。身近に柔剣スキルを授かった人がいたものですから」
舞台に落ちるなどという愚策だけは犯したくないと思い、俺は距離を取りながらも舞台の中央へ移動していく。
「それは素晴らしい。であれば、これはどうでしょうか?」
するとギルマスは、言葉を言い終わるかどうかというタイミングで姿が掻き消えると、目の前に鋭い突きが繰り出されていた。
回避不能と判断した瞬間、俺は鋼鉄スキルを発動させながら快速スキルでわずかでも力を受け流そうと後ろに体を預ける。
剣先が額を捉えると、俺は大きくのけ反りながら後方に吹っ飛んでいく。
それでも反射的に立ち上がれたのは、鋼鉄スキルと快速スキルに合わせて飛行スキルでわずかに体を浮かせていたことが功を奏した。
「ぐっ!? ……強いですね」
「ふふふ。私とこれだけやりあえているのですから、アリウス君も相当なものですよ」
このままではじり貧だな。……仕方ない、一つの賭けに出るとするか。
額から流れてくる血を拭いながら、俺は大きく息を吸い込んだ。そして――
「参る!」
「来なさい」
俺はこれを最後の攻防にするため、真っ向から突っ込んでいった。
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