第28話:ゴブリンクイーン①

 洞窟は思っていたよりも、深くはなかった。

 どうしてそれが分かったのかというと、進んだ先の通路の曲がり角、そこからものすごい殺気が放たれているのを感じ取ることができたからだ。


「……いるな」

「……はい」


 戦闘職ではないレミティアですら感じ取ることができる殺気。それはつまり、この巣の主が存在していると考えて間違いないだろう。

 ゴブリンナイト、ウォリアー、ハイモンクを従えることができるゴブリンの上位種。


「……これ、新人冒険者が受けちゃダメな依頼だろう」


 殺気の主を視界に収めた俺は、思わずそう呟いてしまう。


「あいつは――ゴブリンクイーン!」

『あら? 誰が私の巣を荒らしているのかと思っていたら、女に子供じゃないの』


 相手はゴブリン種の中でも最上位に位置するゴブリンクイーン。

 しかもこの個体は、人語を介することができるほどに知能が高い。

 ゴブリンナイトたちが出て来た時点で新人には手に負えないと思っていたが、クイーンとなればBランク、人語を介すとなればAランクに匹敵する実力を持っているはずだ。


「変な話だけど、俺たちが受けてよかったな、これ」

「……あの、アリウス? 今はそんなことを言っている場合じゃないのでは?」


 俺が冷静に状況を見極めていると、レミティアからそんなツッコミを入れられてしまった。


『そっちの子供は面白いわね。どうかしら、私の子供になってみない?』

「あいにくと、俺は人間なんでね。魔獣の子供になろうとは思わないな」

『あら、残念ねぇ。美味しく食べられると思っていたのにねえ!』


 ――ガラガラ、ドンッ!


 クイーンがそう叫ぶと、俺たちの背後からものすごい音が響き、レミティアたちが振り返る。


「そ、そんな!」

「閉じ込められただと!」

「人語を介すとは思っていたが、ここまで用意周到な罠があろうとは!」


 レミティア、リディア、バズズさんが言葉を発する中、俺は剣を抜いてクイーンを睨みつける。


「要はお前を倒せばいいだけの話だろう?」

『賢い子だこと。本当に……本当に、残念だわああああっ!!』


 ゴブリンクイーンが両手を広げると、その背後からナイト、ウォリアー、ハイモンクがぞろぞろと姿を現した。


「上位種があれほどに!」

「なんて数だ!」


 リディアとバズズさんが驚きの声と共に剣を構える。

 確かに、上位種が二桁も集まるとなれば、それは小規模のスタンピードだと言えなくはない。

 それだけの規模の上位魔獣が、この狭い洞窟に集まっていたのだ。

 ……ちょっと待てよ? この依頼、ミスティが勧めてくれた依頼だし、もしかして――


『殺しなさい! 私の子供たち!』

『『『『ゴブゴブゴブゴブッ!!』』』』


 上位ゴブリンたちが一斉に駆け出してくる。

 レミティアは即座に身体強化魔法を発動させてくれた。


「バズズさんとリディアは、レミティアの護衛を頼む!」

「ア、アリウス殿は!?」

「俺がこいつらの相手をする!」

「自殺行為だ、アリウス殿!!」

「いけません、アリウス!!」


 レミティアたちの制止を振り切り、俺は上位ゴブリンたちへ一直線に駆け出していく。

 剣を横に構え、腰を捻りながら跳躍すると、そのまま回転斬りを放つ。

 上位ゴブリンの首が紙切れのように斬り飛ばされていく。

 着地と同時に腕をしならせながら剣を振るうと、首よりも太く、筋肉質な胴体をあっさりと両断した。


「……え?」

「なんと、これは!」

「これがアリウスの、全力なの?」


 なんだかレミティアたちの声が聞こえた気もしたが、今はそこを気にしている余裕はない。

 目の前の魔獣に意識を集中させて、スキルを細かく使用していく。

 怪力、快速、怪力、怪力、鋼鉄、快速、快速、怪力。

 常時使用も可能だが、そうすると魔力を無駄に消費してしまう。

 必要な時に、必要なだけのスキル使用は、お爺ちゃんに叩き込まれたものだった。


『……こ、このガキ! ゴブリンウォーズ!』


 上位ゴブリンの数が目に見えて少なくなってくると、クイーンが怒りの声と共に魔法を発動させた。

 直後から、上位ゴブリンたちの動きが速くなり、力が強くなり、皮膚が硬くなる。


『これで終わりよ! あははははっ!!』


 ……余裕を浮かべているが、それで本当に勝てると思っているのか?


「舐められたものだな!」


 俺はグッと剣を握りしめると、柔剣ではなく剛剣を発動させた。


「うおおおおっ!!」


 相手の動きが速くなったとしても、力が強くなったとしても、皮膚が硬くなったとしても、剛剣一閃で変わることなく両断して見せた。

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