第41話:尻拭い

「どうしたの、アリウス君?」


 俺の言葉に反応して、ギルマスが声を掛けてきた。


「……そのゴブリンは間違いなく、というかガゼルヴィード家が発端かもしれません」

「詳しく聞かせてもらってもいいかしら?」


 ギルマスの視線が鋭いものに変わる。

 それはそうだろう。他領の、しかも領主がかかわっている可能性が浮上したのだからね。


「俺がまだガゼルヴィード領にいた頃、三男のルーカスが魔獣狩りに出ていた日の夜、ゴブリンを追い返したと言っていたんです」

「討伐ではなく、追い返したの?」

「はい。どうにもそのゴブリンは番だったようで、ずっと逃げ続けていたらしいんです。それで、面倒になって追い返したと……」


 その時のゴブリンが本当に番であり、なおかつラクスウェイン領に逃げ延びたとすれば、それぞれがキングとクイーンに進化していてもおかしくはない。


「番だと分かっていて、どうしてアリウス君のお兄さんは追い返してしまったの?」

「次男以外は、権力にしか目がなかったので、知らなかったんだと思います。話を聞いてすぐに追い掛けようとしたんですが、手柄を奪うつもりかって逆に殴られて……」


 あの時のことは鮮明に覚えている。

 番のゴブリンはキングやクイーンへ進化する目前だというのは、本来知っていなければならない情報だ。

 それなのに追い掛けようとして殴られたのだから、堪ったものではない。


「あの夜、すぐに追い掛けることができていたら、間に合ったかもしれないのに……結局、翌朝になって急いで見に行ったんですけど、影も形もありませんでした、すみません」

「アリウス君が謝ることではないだろう」

「ですけど、その時は俺もガゼルヴィード領にいたんです。それなのに、今になってラクスウェイン領に、ラグザリアに大迷惑を掛けてしまっています」


 俺も追放された身だが、今回のことに関しては俺も力を貸さなければいけないと思っている。

 ……ルーカスの尻拭いってのが、ちょっと気分的に嫌になるけどな。


「キングの討伐には、俺も力を貸します。いや、やらせてください!」

「それはこちらからお願いしたいところだわ。ありがとう、アリウス君」


 とはいえ、問題はまだ残されている。


「キングの居場所は見つかったんですか?」

「いいえ、まだよ。ラグザリアの上級冒険者にお願いして調査してもらっているけど、進捗は良くないわね」


 そう、ゴブリンキングがまだ見つかっていないのだ。

 クイーンが討伐されたのだから、怒り狂ってすぐに姿を見せてもいいものだが、現状は静かなものらしい。


「クイーンとキングが別ところに巣を構えるなんて聞いたことがないし、現状は調査を継続するつもりよ」

「分かりました。……その調査、俺たちが加わることは?」


 俺としては調査から加わりたいと思っていたのだが、そこはギルマスに首を横に振られてしまった。


「アリウス君を含めて、あなたたちは昨日の疲労がだいぶ残っているでしょう? 聞いたわよ、襲撃者の話」


 警ら隊が警戒のために情報を提供したのだろうと考えたが、狙われたのがレミティアだとは言えず、苦笑いを浮かべるにとどめた。


「クイーンとの戦闘のあとに襲撃にあって、そんなあなたたちにキングの調査までお願いできると思っているの?」

「いや、それは……」

「安心してちょうだい。これでも依頼した上級冒険者は、私が信頼を置く者たちだからね。キングの居場所が分かったら、ギルドを通して全体に広く依頼を出すつもりだから、その時に力を貸してちょうだいな」


 ギルマスも俺たちに気を遣ってくれているようだ。

 それならば、相手の気遣いを無下にするわけにはいかないな。


「……分かりました。ありがとうございます」

「それはこちらのセリフよ。疲れているところ、申し訳なかったわね」

「いえ。俺も今回の情報を知ることができてよかったです」


 ギルマスはガゼルヴィード領へ抗議をするつもりはあるのだろうか。

 それとも、ラクスウェイン領主を通して講義をするのだろうか。


「あの、ギルマス」

「どうしたのかしら?」

「もしもガゼルヴィード領へ抗議をするつもりなら、俺も証言しますので、その時は声を掛けてくださいね」


 俺の言葉を受けて、ギルマスは少し驚いた表情を浮かべる。


「……いいの? 追放されたとはいえ、ご家族でしょう?」

「この歳まで暮らしていて、不遇な生活をずっと余儀なくされていたんです。恨みはすれど、助けようとは思いません」


 これは俺の一つの覚悟でもある。

 ガゼルヴィード家との決別という、アリウスという一人の個人なるという、俺の覚悟だ。


「……分かったわ。その時はアリウス君にも声を掛けるわね」

「よろしくお願いします。それでは、失礼します」


 ギルマスにそう声を掛けた俺は、部屋をあとにした。


「……さて、レミティアたちにはなんて説明しようかな」


 こちらの事情に巻き込むことになりそうで、申し訳ない気持ちになりながら、俺はそのまま宿へと戻っていった。

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