第6話:アリウスの目指す先

 お爺ちゃんの質問に、俺はしばらく考えを巡らせる。

 正直なところ、家を出ることに関しては既定路線だったものの、その先については真剣に考えたことがなかった。

 なるようになる、そんな気持ちの方が強かったのだ。


「……まったく。そうじゃないかと思ったぞ」

「す、すみません」

「謝らんでよい。しかし、何も考えていなかったのであれば、冒険者にでもなってみたらどうだ?」

「冒険者、ですか?」


 元々は騎士として武勲を上げて騎士爵を得たお爺ちゃんのことだから、てっきり騎士になれと言うのかと思ったのだが、予想は外れてしまったようだ。


「冒険者は多くの場合で自由だからな。自分の好きなように生きられる。まあ、全てが自己責任と言えなくもないがな」

「全てが自己責任の、自由な冒険者かぁ」


 ……うん、なんだか面白そうだ。

 村を出るにしても、モノマネ士なんて天職ではまともな仕事なんてもらえないだろう。

 それならば、冒険者として自由に生きてみるのも面白いかもしれない。

 何せ、俺にはお爺ちゃんから直々に教えてもらった剣術もあるからな。


「分かった。俺は冒険者になろうと思う」

「ならば、ガゼルヴィード領を出て、隣のラクスウェイン領に向かうといい」

「どうしてですか?」

「領境に近い要塞都市ラグザリアで、儂の知り合いが冒険者ギルドで働いているからな、紹介状を書いておこう」


 ラクスウェイン領って、ガゼルヴィード領から東に位置する領地だったな。

 まあ、ガゼルヴィード領は領地の半分以上が砂漠化していて土地も枯れているし、冒険者として活動するなら領地を飛び回っても問題はないか。


「ありがとうございます、お爺ちゃん」


 しかし、お爺ちゃんは今年で六三歳になり、世間的には高齢者にあたる。

 お爺ちゃんの知り合いってことだから、少なくとも六十歳は越えているのではと心配になってしまうが……まあ、お爺ちゃんもこの歳で規格外の肉体を維持しているんだから、その人も規格外な人なんだろう。


「最初はモノマネ士というだけでバカにされるだろう。中にはケンカを売ってくるバカ者もいるかもしれん。だが、アリウスなら大丈夫だ。儂が保証してやる」

「お爺ちゃんの保証があるなら、俺も全力でケンカを買ってやろうと思います」

「私は危険な真似だけはしてほしくないんだけどね」

「冒険者の仕事など、危険と隣り合わせではないか」

「だから心配なんですよ。無茶な依頼を受けてはダメよ? 身の丈にあった依頼を受けてね?」


 ……ん? なんだろう、二人の会話を聞いていると、冒険者について詳しく知っているように聞こえたんだが。


「あの、二人は冒険者のことに詳しいんですか?」

「詳しいも何も、儂は元冒険者だ」

「私は冒険者ギルドで受付嬢をしていたわ」

「……え……ええええぇぇええぇぇっ!?」


 全然知らなかったんですけど! え、お爺ちゃんって騎士じゃなかったのか!


「どうしたんだ?」

「だって! お爺ちゃんは当主を継承してからずっと、騎士として武功を上げていたんじゃなかったの!?」

「そうだが?」

「……いやいやいやいや! それなのに冒険者だったんですか!?」

「うふふ。ユセフは冒険者として最高ランクまで上り詰めたあとに当主を継承したのよ。騎士として活躍したのは、当主になって以降ね」


 ……そんなことって、あり得るのか?

 可能性はゼロではないと思うけど、騎士爵家当主でありながら、騎士団に所属するだなんて。


「当時は大変でしたよね。この人、元冒険者だったからか、口が悪くて度々上級貴族の方と衝突したり」

「上級貴族と衝突!」

「ふん! あれはあいつらが悪い。力ある者が弱者をいたぶっていたから、のしてやっただけだ」


 貴族をのしたって、捕らえられてもおかしくはない行為なのでは?

 そんなことを考えていると、お婆ちゃんがクスクス笑いながら詳細を教えてくれた。


「その上級貴族というのが、騎士団に所属していた子弟だったのよ。ユセフは騎士団の誇りを守るため、助けに入ったのよ」

「そうだったんですね!」

「……忘れたわ」


 恥ずかしそうにしているお爺ちゃんは珍しく、俺はお婆ちゃんと顔を見合わせると、大きな声で笑ってしまった。

 普段だとお爺ちゃんの前ではこうして笑うことはしないのだが、今日はお婆ちゃんが味方なので問題ない。

 まあ、普段も怒られたりはしないんだけど、俺の気持ちの問題だな。

 お爺ちゃんのことはとても尊敬しているので、変な態度は取りたくないのだ。


「そういえば、当主をしながら騎士団に所属するのって、普通のことなんですか?」

「普通ではない。儂が異例中の異例だったな」

「それだけ、当時のユセフは抜きん出て強く、活躍していたのよ」


 お爺ちゃんのことは漠然とすごいと思っていたのだが、こうして話を聞いてみるとそのすごさが際立っている。

 ……俺は、お爺ちゃんのようになれるだろうか。


「……アリウスなら大丈夫だろう」

「え?」

「そもそも、騎士職であっても儂とまともに打ち合える者は少ない。それにもかかわらず、アリウスはモノマネ士という天職で引き分けに持ち込んだのだからな、自信を持て」


 俺としては引き分けたなどとはこれっぽっちも思っていないが、お爺ちゃんが気休めを口にしない性格だということも知っている。

 ならば、自惚れない程度に自信を持つことは許されるのかな。


「……ありがとうございます」

「うむ」

「うふふ。アリウスの活躍が私たちの耳にも聞こえるよう、願っているわね」

「はい!」


 明日、俺は故郷のナリゴサ村を旅立つ。

 家族や兄妹にはあまり恵まれなかったが、それでも祖父母には恵まれたと思っている。

 お爺ちゃんとお婆ちゃんがいなければ、俺は引きこもりになって、今でも邪魔者扱いされていたに違いない。

 最後になるかもしれない祖父母との語らいは夜遅くまで続き、二人も俺に付き合って話を聞いてくれた。

 残念なのは、兄妹でも唯一優しく接してくれたレギン兄さんとミリーに、別れの挨拶ができなかったことか。


「お爺ちゃん。あの、レギン兄さんとミリーには、俺のことを伝えてもらえませんか?」

「機会があればな」

「うふふ。あの子たちなら、アリウスが家を出たと知った途端にこっちへ顔を出すわよ」


 俺が頻繁に別宅へ足を運んでいることを知っている二人だから、あり得る話だ。

 お爺ちゃんも乗り気ではない態度をしているが、たまに二人が顔を出した時には色々と教えているみたいだし、大丈夫だろう。


 今日この日だけは、別宅の明かりは夜遅くまで灯っていたのだった。

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