第7話:出発
前日は遅くまで語り合っていたのだが、日頃の習慣なのだろう、俺は東の空が明るくなり始めた時間に目を覚ました。
ベッドから出ると大きく伸びをして、何度か屈伸をしてから動きやすい洋服に着替える。
魔法鞄と使い慣れた剣を左右の腰に下げ、鏡に写った自分の姿を確認した。
「……うん、完璧だな」
上は半袖のシャツと左右に二つのポケットが付いたベストを重ね着し、下は少しダボッとした長ズボンで膝の動きもスムーズになっている。
この洋服、実はお婆ちゃんの手作りだ。
騎士職ではない俺に、両親は新品の洋服を買ってはくれなかった。
全部がお下がりで、サイズも合わなければボロボロのものしかない。
剣を振るにも、何をするにも、洋服が邪魔になってしまっていたのを見かねて作ってくれたのだ。
そして、その出来映えに俺は何度も感謝の意を伝えた。
魔法鞄の中に入っている別の洋服も全てがお婆ちゃんの手作りなので、俺は洋服の支払いをするべきじゃないかと本気で考えたことがあったくらいだ。
まあ、そのことをお婆ちゃんに伝えたところ、笑顔で断られたのだけど。
準備を終えた俺は部屋を出てリビングに移動すると、そこにはすでに二人が待っていてくれた。
「おはようございます。すみません、遅くなりました」
「構わん」
「私たちが普段より早起きしちゃったものね」
同じ時間まで起きていたのに、俺より早起きしたのか。……いや、きっと二人は俺が部屋に戻ってからも何やら話をしていた様子だったし、もっと遅くまで起きていたはずだ。
「アリウス、紹介状だ」
お爺ちゃんが手渡してきたのは、昨日の話に出てきたラグザリアの冒険者ギルドで働いているという知り合いへの紹介状だった。
「ありがとうございます」
「アリウスの実力であれば問題なく登録ができるだろうが……まあ、念のために持っていけ」
「さあさあ、まずは朝ご飯を食べましょう」
お爺ちゃんとの話が一段落ついたタイミングで、お婆ちゃんが声を掛けてくれる。
料理はすでにテーブルに並んでおり、俺はここで食べる最後の朝ご飯に舌鼓を打つ。
……うん、何度食べてもお婆ちゃんの料理は美味しいな。
「お弁当もたくさん作ってあるから、持っていってね」
「ありがとう!」
しばらくはお弁当があるから問題ないけど、無くなったあとを考えると寂しくなるな。
「フラウの料理以上に美味しいお店は多い。寂しがるな」
「あら? あなた、私の料理に不満でもあるのかしら?」
「いや、そういう意味では……さ、さあ、早く食べてしまおうか!」
……お爺ちゃんって、お婆ちゃんにだけは弱いんだよなぁ。
しかし、俺の心は読まれたみたいだ。それとも寂しいって、顔に出ちゃってたかな。
「……そうだね。美味しい料理を探すのも、冒険者としての楽しみにしようかな」
普段と変わらない会話をしながら……いや、普段の会話をいつもより楽しみながら、俺は出された料理を全て平らげた。
「ごちそうさまでした」
「さあさあ、こっちに弁当を分けてあるから、魔法鞄に入れちゃいましょう」
そう口にしながら立ち上がったお婆ちゃんの後ろには、大量に詰み上がった弁当箱があった。
朝ご飯を食べてる時から見えていたけど、結構な量があるよな。これ、何食分あるんだろうか。
まあ、俺としてはありがたいことなので素直に魔法鞄に入れていく。
「……よし。それでは、そろそろ行こうと思います」
全ての弁当を入れ終わると、俺は二人に向き直り姿勢を正す。
二人も小さく頷いてくれ、そのまま玄関へと向かう。
これで本当に二人とも、そしてこの村ともお別れだ。
願わくは、二人とレギン兄さん、そしてミリーだけでも平和な日常を過ごしてほしいと思う。
まあ、冒険者になるために村を出て行く俺にそんなことを思われたくはないだろうけど。
「気をつけていくんだぞ」
「無理はしないでね。私たちは、いつでも受け入れてあげるからね」
「ありがとうございます、お爺ちゃん、お婆ちゃん。でも、俺は自分で何かを成し遂げるまでは戻ってくるつもりはありません。二人に誇れることを成し遂げて初めて、戻ってきます」
これは俺の決意表明でもある。
お爺ちゃんから実力に関しては太鼓判を押してもらったものの、何かを成し遂げられるかどうかは俺の意思によって決められる。
こうして言葉にすることで、俺は俺のやるべきことを自覚し、諦めない心を養うのだ。
「それじゃあ、いってきます!」
「あぁ」
「元気でやるのよ! 本当に、いつでも戻ってきていいんだからね!」
お爺ちゃんは言葉少なく、お婆ちゃんは何度も言葉を掛けながら手を振ってくれた。
寂しい気持ちはすでにない。俺の心の中には、これからの輝かしい未来しか映っていないのだから。
◆◇◆◇
ナリゴサ村を出発してからしばらくして、俺は周囲に人の気配がないことを確認すると、歩道を外れて茂みの中へ入っていく。
気配察知スキルがあるので、最低でも1キロ以内に誰もいないのは確実だ。
俺がなぜ人の気配を探っていたのか、それは移動に便利なスキルの一つを使うためだった。
「発動、飛行スキル」
飛行スキルを発動すると、俺の足がゆっくりと地面から離れて宙に浮く。
そのまま上昇を続けると、この辺りに生えている木々よりも高い位置まで浮上した。
「……よし、これでしばらくは移動するか」
飛行スキルはとても貴重なもので、俺もこのスキルを定着させられたのは運がよかったと思っている。
月に一度やってくる商団の護衛としてついてきていた冒険者パーティ、その中に飛行スキルを持つ冒険者がいたのだ。
スキルを定着させるには実際にスキルが使われているところを見なければならない。
俺は外から人がやってきた場合、その人がスキルを発動するのを確認するまでできるだけついて回るようにしている。
戦闘スキルの場合は村の中なので確認できないことも多いが、飛行スキルの冒険者は最後の最後、村を出発する時の斥候役として周囲を偵察するために発動してくれたのだ。
今思えば、あの冒険者以降は飛行スキル持ちに会ったことがなかったので、本当に運がよかったといえるだろう。
「それにしても……この森、こんなにも深かったんだな。村の中にいたんじゃあ、気づかなかったよ」
魔力を使って飛行するので長時間の使用はできないが、それでも結構な距離を稼いでいると思う。
しかし、それでも森の端が見えてこない。
整えられた歩道を外れるとこれほどに森が深いのかと、俺は驚きと共に興奮を覚えていた。
「……俺は、とても狭い世界で生きていたんだな。でも、これからは違う。広い世界で偉業を成し遂げて、アリウス・ガゼルヴィードの名前を……いいや、アリウスの名前を知らしめていくんだ!」
ガゼルヴィードを名乗ることは許されない。俺はもう勘当されて、ガゼルヴィードではないのだから。
俺はアリウスという一個人として、お爺ちゃんから聞いた冒険者という新たな道で、光り輝くんだ!
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