閑話:ガゼルヴィード邸

 ――アリウスが勘当されたその日の夕食時、次男のレギンと末の長女であるミリーは激怒していた。


「父上! アリウスを勘当したというのは本当なのですか!」

「信じられません! どうしてアリウスお兄様を!」


 理由は二人が告げた通り、アリウスがガゼルヴィード家から勘当されたという事実を知ったからだ。


「当然だろう。あいつはガゼルヴィード家に生まれたくせに、騎士職の天職を授からなかっただけではなく、パペルとポルヤンの天職である占い師でもなかったのだからな」

「だからと言って勘当は酷過ぎます! アリウスの天職はモノマネ士でしたが、それでも必死になって努力している姿を僕は見ています!」

「私もそうです! アリウスお兄様は誰よりも努力をしていました! それなのに――」

「黙れ、二人とも」


 感情を表に出すことなく淡々と告げるだけのライアンに苛立ちを募らせていく二人だったが、そこへ怒気を込めた声が響き渡った。


「……どうしてですか、ラスティン兄上!」

「どうしてだと? お前たち、誰に意見をしているのか分かっているのか? ここにいるのはガゼルヴィード騎士爵家の当主だぞ? 当主の決定は絶対だ、それ以上も以下もない」

「で、ですがラスティンお兄様、アリウスお兄様が勘当されたなんて……お兄様はそれを許せるのですか?」


 悲しそうな顔でそう口にしたミリーだったが、長男であるラスティンの答えは冷淡なものだった。


「許せるも何も、当然の結果だろう。何せ、あいつは父上が言った通り、騎士職も占い職も与えられなかったクズなんだからな」


 ラスティンははっきりと口にした。クズだと。

 この事実にレギンは顔を真っ赤にして怒り、ミリーは愕然としてしまう。

 三人のやり取りをライアンは横目に見るだけで口を挟まず、母親のパペルと四男のポルヤンは黙々と食事を進めており、三男のルーカスはニヤニヤしながら見つめているだけだ。

 二人は誰もアリウスが勘当されたことに口を挟まないのかと憤り、そして家族に対して諦めの感情を抱くようになっていた。


「こんな無駄な問答を繰り返すのは止めてさっさと食べるんだ。せっかく母上が作った料理が冷めてしまうだろうが」

「ですが兄上!」

「食べたくないのなら食べなくても構わないわよ。むしろ、ライアンの決定に不満があるのならあなたたちも出て行ってはどうかしら?」

「そんな、お母様まで……」


 パペルはアリウスだけではなく、二人にも出て行って構わないと口にし始めた。

 その言葉にミリーは深く傷ついてしまったが、慌てたのは二人ではなくライアンの方だった。


「な、何を言っているんだ、パペルは。お前たちは出て行くことはない。さあ、早く食べてしまいなさい」

「……分かり、ました」

「……申し訳ございませんでした、お母様」

「分かればいいのよ」


 そう口にしたのが最後、パペルはそれ以降口を開くことはなく、ルーカスとポルヤンに至っては一言も発言をすることなく夕食は終了したのだった。


 ◆◇◆◇


 夕食が終わり部屋に戻ったレギンだったが、部屋の中にはミリーもいた。

 二人はアリウスがどこに行ったのか、そしてこれからどうするのかを考え、話し合うことにしたのだ。


「まず間違いなく、お爺様たちのところに行っているだろうね」

「でしたら今から向かいますか?」

「……いや、それは止めておこう」


 アリウスが向かうならと考えた時の選択肢は、ユセフたちの家以外には考えられない。

 ならばそこへ向かおうとミリーが提案したのだが、レギンは首を横に振った。


「どうしてですか?」

「今僕たちが向かってしまえば、父上に感づかれてしまう。そうなれば、間違いなくアリウスはすぐにでも村を追い出されてしまうだろう。夜ももう遅いのだから、それだけは避けなければならない」


 夕食時に見せたライアンの反応からも分かるように、彼はレギンとミリーに対してだけは、優しい父親であろうとしている。

 その理由は明白で、レギンが銀級騎士であり、ミリーが金級騎士だからだ。

 当主を継ぐことになるラスティンと、三男のルーカスが銅級騎士であることから考えると、二人はガゼルヴィード家の誰よりも実力を持っている。

 だからこそライアンは、パペルが出て行っても構わないと二人へ口にした時は非常に焦っていたのだ。


「しかし、それは僕たちに対してだけ見せる顔だ。もしアリウスのために僕やミリーが行動を起こせば、それはアリウスのせいで僕たちが悪影響を受けていると、父上の中では変換されてしまうだろう」


 その結果として、夜中だろうとなんだろうとアリウスを村から追い出してしまうかもしれないとレギンは考えた。


「それじゃあ、私たちは何をすればいいのですか?」

「お爺様たちがアリウスを悪くするなんてことはまずあり得ない。アリウスを鍛えていたのもお二人だったからね。だから僕たちは――あえて何もしない」

「……何もしない、ですか?」


 レギンの答えに、ミリーは首をコテンと横に倒してしまう。


「何もしないというのは言い過ぎかな。僕たちは今まで通りに生活をしていくんだ」

「今まで通りにですか? ……すみません、私にはさっぱり」

「僕たちが何もしなければ、父上もアリウスに手出しはしないだろう。その間にアリウスが村を出る準備をお爺様のところで整えてくれれば、安心して出発できるだろう?」


 あえて何かをしようとすることこそがアリウスの足を引っ張ってしまうとレギンは答えた。

 レギンの答えに間違いはない。しかし、ミリーはどうしても納得ができなかった。


「ですが、それではアリウスお兄様が村を出て行くことが決まっているようなものではないですか」

「……そうだね。そこに関しては僕も悔しいよ。でも、ラスティン兄上が言う通り、父上の決定が覆ることはきっとない。なら、僕たちはアリウスが不利益を被らない形で見送ってあげることが大事だと思うんだ」


 そう口にするレギンの声音はとても優しいもので、下を向くミリーの頭に手を乗せて何度も撫でていた。


「だけど、僕だってアリウスをただ見送るなんてことはしたくない」

「それじゃあ、どうするのですか?」

「そうだなぁ……将来的な話になるんだけど、構わないかな?」

「はい! 聞かせてください、レギンお兄様!」


 そして、レギンは自らが考えた将来のプランをミリーに伝えていく。

 話を聞いていたミリーは内容を知っていくうちに、期待と不安が入り混じった顔になっていた。


「……レギンお兄様も?」

「まだ分からないよ。でも、僕たちがいたらきっと頼りっきりになると思うんだ。だから、荒療治になっちゃうけどね」

「……それなら、私だって!」

「ふふふ、それは楽しくなりそうだ。そうと決まれば、僕たちも時間を見つけてお爺様たちのところへ足を運んで話を聞かなきゃだね」

「はい!」


 レギンのプランが本当に実現するかは分からない。

 しかし、二人は間違いなく、夕食時とは違って明るい表情に変わっていたのだった。

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