第39話:この国の王族

 まさか相手が王族とは……完全に予想外ではあったけど、レミティアにもそれなりに事情があったのだろう。


「そんなでかすぎる相手を前に、どうして逃げ出したんだ?」

「それは……」

「今回に関してはあいつが悪いのです!」


 俺の質問にレミティアが言い淀んでいると、横からリディアが怒りの声をあげた。


「これ、リディア」

「ですが父上! あいつ、レミティア様をまるで自分のもののように扱い、手を出そうとしたのですよ!」

「……それは本当なのか、レミティア?」


 リディアが言う『あいつ』というのが誰なのかは分からないが、彼女の怒りを見るに、相当酷いことをさせられていたに違いない。

 そして、レミティアにも我慢の限界が訪れたのだろう。


「……はい。最初は聖女としての仕事でしたので、我慢もできました。大変でしたけど、傷を負った騎士たちを癒すことでお礼を言われることも多かったですから」

「それじゃあ、どうして?」

「……リディアが口にした人物は、第三王子のウィリアム・バルハーク様なのです」


 王族の誰かだろうとは思っていたが、第三王子だったか。

 家から出してもらえなかった俺の耳にすら、悪い噂しか入ってこなかった人物じゃないか。


「その第三王子が……その……私に、夜の相手をと……」

「はあ? なんだそいつ、ぶっ殺されても文句は言えないだろう?」

「ちょっと、アリウス!?」

「ほほう? 気が合いますね、アリウス殿」

「リディアも! 変なことを言わないでください!」


 おっと、いけない。

 なんでだろう、急に頭に血が上ってしまったな。冷静にならなければ、うん。


「最初はリディアとバズズも一緒にいてくれたので、なんとか断ることができたのです。しかし、徐々に誘いが乱暴になっていき、二人を無理やり別の用事で引き離そうとまでし始めて……」

「身の危険を感じて、逃げてきたんですね」

「はい」


 戦場の最前線にまで出向き、騎士たちを癒し続けていたレミティアに対して、なんてことをしてくれたんだ、第三王子!


「その短剣なのですが、王家の意匠の下に杖の意匠が刻まれているのですが、これが第三王子が率いる騎士団の意匠なのです」

「それで、第三王子の手の者だと分かったんですね」

「はい。レミティア様とアリウス殿を別の場所に転移魔法は、とても高度な魔法です。とても一般の魔導師には難しいでしょう」

「私たちを足止めするための刺客にも、魔導師がいましたからね」


 魔導師か……でも、俺とレミティアのところにいた奴は、魔法を使っていなかったよな?


「……なあ、バズズさん。それって、他の勢力が第三王子に罪を擦り付けようとしているなんてこと、ないですよね?」

「絶対にないとは言い切れんが……どうしたのだ?」

「いや、俺が戦っていたモノクルの男、細剣使いで魔法は使っていなかったです。飛ぶ斬撃は使っていたけど」


 俺がモノクルの男の攻撃手段について説明すると、バズズさんは渋面になってしまう。


「細剣使いか……どうであろうな」

「転移魔法を使っていたのですから、第三王子が絡んでいることは間違いないと思いますよ、父上」

「うむ。そこへさらに別の勢力が? ……情報が少なすぎるな」


 バズズさんとリディアが何やら難しい話をし始めたところで、レミティアが俺に声を掛けてくる。


「……その、アリウス?」

「なんだ、レミティア?」

「この話を聞いてなお、私を助けていただけますか?」

「もちろんだ」

「もし嫌であれば本音を言ってくれても……って、え?」


 どうやらレミティアは、俺が断ると思っていたらしい。

 即答で助けると宣言したことにも驚いているようで、目を開いたまま固まってしまった。


「モノクルの男が言っていたように、確かに俺は騎士にはなれないと思う。でも、騎士気取りでいいじゃないかって、今は思っているんだ」

「……そんなこと、ないです」

「騎士になれなくても、俺は俺の意志で、レミティアを守りたいと思ったんだ」

「あなたはもう、私が信頼する最高の騎士の一人です、アリウス!」


 俺の言葉を受けて、レミティアは涙を流しながらそう宣言してくれた。

 ……あぁ、レミティアの泣き顔を真正面から見てしまった。

 でも、なんでだろうな。彼女の顔は、とても嬉しそうだ。嬉しそうに笑いながら、泣いている。


「ありがとう。ありがとうございます、アリウス!」

「みんなで一緒に頑張ろうぜ、レミティア!」

「はい!」


 涙を拭うレミティアにリディアが笑顔で声を掛け、バズズさんは父性に溢れた表情で二人を見守っている。

 ……レミティアのことは絶対に渡さない。相手が王族だからって、何をしてもいいと思うなよ!

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