第11話:さらば、ガゼルヴィード領

 馬車に揺られること三日。

 その間には野営も当然ながらあったのだが、元聖女であるレミティアは特に苦も無く野営を受け入れていた。

 話を聞くと、これまでにも何度も野営を行っており、最前線で治療に当たる時にも似たようなことは多かったので慣れているのだとか。

 逃げてきての野営は仕方ないとしても、国に従って活躍していた頃にも似たような野営を経験していたとなると、こき使われていたという言葉に真実味が増すな。

 聖女と言われるくらいなのだから、それなりのテントや食事はあったのではと思っていたのだ。

 そうなると、聖女とはいえ一人の女性をこき使ってまで戦争をしているこの国に違和感を覚えてしまう。

 ……こういった感情を覚えるのも村を出たからなんだよな。

 良いこともあれば、悪いこともあるだろう。だけど、それらすべてが俺の成長につながるに違いない。

 それにしても……本当に逞しいな、この元聖女は。


「これくらいでよろしいですか?」

「えぇ、構いませんよ。しかし、本当に助かりました、アリウス殿」

「はい! お腹いっぱいにならなかったのがとても辛かったのです!」

「あぁ、いえ。この程度なら全然大丈夫ですよ」


 何にお礼を言われているのかと問われると、魔法鞄についてだ。

 三人は魔法鞄を持っておらず、食糧は立ち寄った街で毎回補充していたらしい。

 しかし、次の街に到着する前に食糧が尽きたこともあり、その場合は魔獣を狩って解体、そのまま調理して食べていたのだとか。

 ただし、生肉は保存することができないので、余った部位は泣く泣く処分していたようだ。

 今回は魔獣の襲撃もありダメになった食糧が多く、さらにナリゴサ村で補充するつもりだったこともあり完全に尽きていた。

 そこに登場したのが、魔法鞄を持った俺である。


『――私が魔獣を狩ってきますので、魔法鞄に入れさせてくれませんか!』


 リディアは嬉々として魔獣を狩ってきては、解体を済ませて魔法鞄に入れてくれる。そして、解体をレミティアも手伝っているのだから驚きだ。

 俺としても食糧が増えることは嬉しいのだが、彼女たちがそこまで食糧に困っていたのかと考えると不憫でならない。

 道中、聖女なら魔法鞄を下げ渡されることがなかったのかを聞いてみると、王族から許可が下りなかったと聞かされた。

 聖女をこき使うために便利なものは持たさないようにしたのだと口にしていたが、俺も彼女の予想に納得してしまう。

 パッと見で俺と同じくらいか、一つか二つくらいは下の年齢に見える。

 そんな少女が戦場の最前線にいるだなんて考えたくもないが、きっと王族は恐怖心を掻き立てるために向かわせたんじゃないだろうか。

 ……まあ、逆に逃げ出す口実を作ってしまったのだから墓穴を掘っているわけだが。


「これだけあれば問題ないでしょう!」

「冒険者になる時に魔獣の素材を提出すれば、路銀の足しになるだろう。儂らは食糧さえあれば問題ないので、素材はアリウス殿が自由に使ってくだされ」

「えっと、ありがとう」

「うふふ、どういたしまして!」


 ……頬に解体中についた血を貼り付けたまま微笑まれても、俺はどういった反応を示せばいいのだろうか。

 小さくため息を吐くと、俺は聖魔法のクリーンを発動させて三人に着いた血や汚れを落とすことにした。


「……これは?」

「おぉっ! アリウス殿、クリーンですかな?」

「はい。って、そっか。元聖女ならレミティアも使えるんだよな」


 勝手をやってしまったと思い謝ろうとしたのだが、レミティアはきれいになった両手をしばらく見つめていると、急に俺の手を取り嬉しそうに何度も上下に振っていた。


「すごいです、アリウス! 剣術だけではなく、聖魔法も使えるのですね!」

「本当に素晴らしいな。……ん? しかし、ユセフも奥方も聖魔法は使えなかったのでは?」

「あー、まあ、村に聖魔法を使える人がいて、通い詰めていたんですよ。ほら、解体した素材も全部魔法鞄に入れたし、さっさと進みましょう、バズズ様!」

「む? あぁ、それもそうだな。それとですな、アリウス殿。私のことも様付けはしないで下さいと何度も申しております」


 ……そうでした。そんなことを道中で言っていたっけ。

 バズズ様とリディアは仕えているレミティアにはタメ口で、自分たちに敬語というのが彼女の威厳に関わるのだと口にした。

 リディアは年齢的にも近そうだったので問題はなかったが、俺としては目上の相手、さらに言えばお爺ちゃんの友人に対してタメ口なんて、絶対に考えられない。

 そこで妥協案として俺が提案した呼び方というのが――


「……そうでしたね、バズズさん」

「ぬぅ……まあ、そういう約束ですからな、仕方ありません」

「うふふ。二人とも、頑固ですね」


 頑固とかではない。俺とレミティアでは立場が違い過ぎるのだ。

 一方は元聖女でその部下に当たる人物。もう一方は目上の方で祖父の友人に当たる人物。

 見方が変われば態度も変わる、というものだ。


「それでは、出発いたします」


 呼び方問題、俺も早く慣れないとなぁ。

 そんなことを考えつつ、レミティアたちと何気ない会話を楽しみながら、俺は飛行スキルでは堪能できなかっただろう、ゆったりとした時間を過ごしながら進んでいく。

 そして、本日――ついにラクスウェイン領に入領するための検問が見えてきた。


「……あの先から、ラクスウェイン領なんだな」

「ガゼルヴィード領から出るのは初めてですか?」

「あぁ。出来損ないだと言われて続けて、領はおろか村から出ることもほとんど許されなかったからな」

「でしたら、私たちがしっかりと案内させていただきますね」

「……あ、あぁ。その時はよろしく頼むよ」

「はい!」


 正直、ラクスウェイン領に入ってからは一人で行動したかったのだが、レミティアの笑顔を見るとそうもいかなそうだ。

 バズズさんにはめられたのは確かだけど、今はこの時間を楽しむことにしようかな。

 そのまま馬車を走らせて検問に到着すると、バズズさんが聖女とその護衛だと俺のことも紹介してくれた。

 聖女が逃げているという情報が伝わっていないのかと内心でドキドキしていたが、どうやら検問の兵士には伝わっていなかったようだ。


「お疲れ様です! どうぞ、お通りください!」

「うむ。仕事に励めよ」

「はっ! ありがとうございます、バズズ様!」


 こうして俺は初めて、ガゼルヴィード領をあとにしたのだった。

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