第2話:祖父母

 別宅に到着した俺は、裏庭に回る。今の時間なら、祖母のフラウ・ガゼルヴィードが洗濯物を干しているはずだ。


「お婆ちゃん!」

「あら、アリウスじゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」

「ついに勘当されたから、小銭を稼ぎにね」


 俺が勘当されたと口にすると、お婆ちゃんの動きが一瞬だがピタリと止まる。

 そして、ゆっくりとこちらへ歩いてくると、目の前で立ち止まり優しく抱きしめてくれた。


「……苦しかったでしょうに、よく耐えたわね」

「お婆ちゃんとお爺ちゃんがいてくれたからだよ」


 本宅では次男と妹が、別宅では祖父母が俺に良くしてくれる。

 特に祖父母は俺に色々と身になることを教えてくれるので、将来のことを考え始めた時からはよく足を運んでいた。


「それじゃあ、ユセフにも伝えておかなきゃね」

「お爺ちゃんは中にいるの?」

「えぇ。お茶をしているわ」


 別宅の方へ目を向けると、俺は一つ頷いてから再びお婆ちゃんを見る。


「分かった。そうだ、初級ポーションの素材と、ブルホーンが狩れたから後で素材を渡すね」

「あらあら、それじゃあ今日はご馳走を作ろうかしら。もちろん、食べていくでしょう?」

「食べていくし、できたら泊まってもいきたいかな。出発は明日にしようと思っているからさ」

「うふふ、もちろんよ」


 実を言えば、聞くまでもなかった。

 洗濯物を干しているその横には、俺が泊まる時に使っている布団が干されていたからだ。

 これで今日は、太陽の光をたくさん浴びた布団で寝られるや。

 そんなことを考えながら別宅の中に入ると、お婆ちゃんが言っていた通りお爺ちゃんのユセフ・ガゼルヴィードがお茶を飲みながら剣の手入れをしていた。


「こんにちは、お爺ちゃん」

「あぁ、アリウスか。今日はどうしたんだ?」

「ついに勘当されました」

「そうか。出発はいつだ?」


 お婆ちゃんもそうだったが、お爺ちゃんも俺が勘当されたことに対して、怒りを露わにするなどということはなかった。

 二人は分かっているのだ、親父がそういう人間だということを。そして、こうなるだろうことを見越して、俺を鍛えてくれていたのだから。


「明日です。今日は狩ってきたブルホーンでご馳走になるので、ご相伴にあずかります」

「泊まっていくんだろう?」

「はい」

「分かった。……結局あいつは、アリウスの可能性に気づかなかったか」


 お爺ちゃんが口にする俺の可能性というのは、モノマネ士と定着スキルの予想外な使い方についてだ。

 というか、俺自身も偶然に見つけた使い方なので、他人から見て気づく方が難しいだろう。

 この使い方のおかげで、俺は初級ポーションの素材を簡単に見つけることができたし、ブルホーンを一閃で狩ることができたのだから。


「まだまだ時間もある。少し、打ち合うか?」

「お願いします!」


 ガゼルヴィード騎士爵家当主を親父に譲ったお爺ちゃんだが、その肉体は衰えを見せることがない。今でも毎日のように鍛えているからだ。

 ガゼルヴィード家はほとんどが騎士職を授かっているが、とりわけお爺ちゃんは上位の天職を授かっている。


「最後に一本は取りたいですね」

「金級騎士の儂から一本を取るには、まだまだ早いだろうな」


 騎士職の上位職である金級騎士がお爺ちゃんの天職。

 ちなみに、親父と長男、三男は銅級騎士、次男は銀級騎士、四男は母親と同じで占い師だ。

 そして、妹がまさかの金級騎士だというから驚きだ。

 当主を継ぐのは長男で決まりなのだが、実力的には一番末っ子の妹が強いこともあって、家の中は少々ぎくしゃくしている現状がある。

 まあ、最大の原因は俺だったので、多少は風通しも良くなると思うが。

 そんなことを考えながら再び裏庭にやってきた俺は、洗濯物が汚れないようにとお婆ちゃんからは少し離れたところへ向かう。


「……この木剣を握るのも、今日で最後なんだなぁ」


 本宅ではたまに次男が剣術を教えてくれたが、親父に見つかるとすぐに止められていたので、ちゃんとした訓練にならなかった。

 ここでなら思う存分に剣を振ることができるので、訓練には打ってつけだ。

 それに、教えてくれるのが金級騎士のお爺ちゃんだから、次男には申し訳ないがこっちの方が身になる。

 次男や妹もこっちで訓練できたらと思うが、それを親父が許そうとしないのは面倒以外の何ものでもなかった。


「準備はいいか?」

「……はい」


 感慨に浸っている場合ではなかった。お爺ちゃんから教えてもらえるのも、今日が最後なのだから。

 木剣を持つ手に力が入るが、俺は冷静になるよう心の中で言い聞かせる。

 今の俺の全力をぶつけなければ、お爺ちゃんから一本を取ることなどできないからだ。

 大きく深呼吸を行い、俺は木剣を構えた。


「さあ、どこからでも掛かってくるがいい」

「では――参ります!」


 俺は常人が出せる以上の速度で間合いを詰めると、渾身の袈裟斬りを放つ。

 加速に加えて鍛え上げた以上の力が込められた俺の袈裟斬りだったが、お爺ちゃんには片手で受け流されてしまう。

 だが、これは想定内である。

 一度の邂逅で一本が取れるほど、お爺ちゃんは甘くない。むしろ――


「ふん!」


 右手に持つ木剣で受け流しながら、握り締めた左拳が俺の脇腹へ襲い掛かる。

 大きく飛び退くことで回避した左拳だったが、直後には間合いの長い木剣が振り上げられていることに気がついた。

 振り下ろされた一撃を、俺は全身に力を込めて真正面から受け止める。

 衝撃で全身が痺れたかのような感覚を覚えたが、頭の中で錯覚だと自分に言い聞かせて無理矢理にでも腕を動かす。

 今日くらいは、無理をしてでも一本を取って見せる。その決意を、お爺ちゃんに見せつけるのだ。


「柔剣!」

「これは!」


 込められていく力が徐々に上がっていたお爺ちゃんの剣を、俺は柔剣で受け流して地面へ向けるのと同時に、反撃に転じる。

 流れるような動きから横薙ぎを放ち、受け止められると角度を変えてさらに追撃を掛ける。

 流れるような連撃に、俺は初めてお爺ちゃんを一歩、後ろに下げることができた。


「お爺ちゃん――勝負!」

「いいだろう!」


 このままいけば追い込むことはできても、最終的には俺の体力が尽きて結局は負けてしまうだろう。

 ならば、不利かもしれないがお互いに同じ土俵へ持っていくことができれば、可能性はゼロではないはずだ。

 少しでも俺の優位になるようお爺ちゃんの動きを制限する動きを取りながら、俺はお爺ちゃんが持つスキルを発動させる。


「「――剛剣!!」」


 俺とお爺ちゃんは、剛剣スキルを発動させて渾身の一撃を放った。

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