クリスマスとある変化
それからの日々は瞬く間に過ぎていった。クリスマス用にデカい肉の塊を調達したり、プレゼントの包装をしたり。師走とはよく言ったものだ。
そうして二十四日──クリスマスイブの土曜日。朝早くに起床して、肉を仕込む。冷蔵庫に入れたら朝食の用意だ。
朝は軽めに、おにぎりと味噌汁をこしらえる。あと漬物を用意したら準備完了だ。
「おはよう、早いわねぇ」
「輝子か。そこのおにぎり机に持っていてくれ──つまみ食いするなよ?」
「し、しないよぉ。いくら腹が減っててもさ」
味噌汁をお椀によそい、机に並べていく。
「あ、おはようございます。輝子さん」
「おっはよー。ささ、早く食べよ。もうお腹がペコペコだよ」
「はい」
美咲が返事をして座る。俺が座ると、居間に三者三様のいただきますが響いた。
「それで、今日は機構町の方に行くんだったな」
「機構町、ですか?」
「ああ、ここ木城市は二つの区画に分かれているのは知っているだろ?」
「えっと、確か生園町と機構町ですよね」
「ああ。そのうちの工業区域である機構町に、リバティーギアって小さめのショッピングモールがあるんだ。そこに行こうと思う。クリスマスだし、楽しまないとな」
部屋の隅で光る小さなツリーをみやる。
クリスマスツリーに飾り付けを行う習慣ができたのは、実のところここ数百年の事らしい。諸説あるものの、十九世紀に入ってからだと言われている。少なくとも、読んだ本にはそう書かれていたように思う。
数日前から、街の至る所でクリスマスツリーを見るようになった。飾り付けを行った人達が本来のクリスマス──イエス・キリストの降誕祭を祝っているのか、甚だ疑問ではあるが、俺たちも行事に乗っかっているわけだから何も言えない。
「さて、食ったら早速出るぞ。時間は有限だ」
自動車で三十分ほど移動すると、木城市のもう一つの側面が顔を覗かせる。
機構町──機械の町。木城市の経済を動かす心臓部。キリヤマエンタープライズの生産工場もここにあって、最新のおもちゃが製造されている。
実を言えば、会社はマスクドドライバーシリーズのメインスポンサーでもあって、そのおもちゃが製造されていたりもする。
そういった工場が立ち並ぶ機構町に、一際目を引くショッピングモールがある。周囲の工場に合わせた無骨な見た目ではあるが、とにかく看板の主張が激しいのだ。
具体的には──レインボーなデザイン。デザイナーになぜこんなデザインをしたのかと問い質したい。
「ほんと、目に毒よね。あの看板」
「同感だな」
輝子の言葉に相槌を打つ。シャッフル再生で流しているカーステレオからボレロが流れ始めた。いささか無機質な演奏が機構町の無機質な感じに合っていると感じる。気がつくと、輝子が音楽に乗って指を鳴らしたりしていた。
そうして、モールの駐車場に到着した。一階は満車だが、二階に余裕があったのでそちらに駐車する。
「さて、まずはどこに行こうか」
「あ! じゃあ、わたしアクセサリーショップを見たいな」
「了解した。美咲はどこか行きたいところはないか?」
「わたしは……わからないです。でも、色々見てみたいかな、って」
「わかった。じゃあ、館内マップを──」
建物に入る。クリスマスツリーが飾られている以外、変わったところはない。配布されている館内マップを手に取って、
「──貰っていこう」
そのままエレベーターのボタンを押す。少ししてエレベーターが来る。
「アクセサリーショップは三階だな」
三階のボタンを押して、ドアを閉める。完全に閉まった後、エレベーター特有の浮遊感が内臓を襲う。
「意外と悪くないよね、この浮遊感」
「わかる。ジェットコースターとかと同じ感じだよな」
ベルの音が鳴り、ドアが開く。クリスマスソングが鳴り響いていて、派手すぎるほどに飾りつけられている。客足はそこそこだ。
「こっち、こっち!」
いつのまにか輝子がアクセサリーショップの前に移動していて、手招きをしている。
「輝子、あまり騒ぐと迷惑だぞ」
「ごめんごめん」
陳列されているアクセサリーに目を落とす。青い水滴型のイヤリングで、手に取ると透けて見える。
「いいじゃない」
「そうだな。美咲、どうだ?」
美咲に手渡す。彼女はそれを耳に近づけ、
「そうですね、少し大き過ぎます。でも、綺麗……」
残念そうにそういった。
「ね、これは?」
輝子が持ってきたのは、小さなネックレスだ。雪の結晶が形取られている。
「これ、色違いが三種類あったんだよ。ほら」
と、輝子が他の二つを見せてくる。最初の一つが薄い水色──おそらくベーシックな物──で、残りの二つが薄い黒と薄いピンク色。ラメが入っているのか、キラキラと光っていて美しい。
「綺麗……」
美咲がそう呟いた。見れば、見惚れている。
「そうだな……うん、ならこうしないか──ソイツを、みんなで一つずつ持っておくんだ。その……少し恥ずかしいけど、繋がりを示す物って感じでさ」
「いいわね、それ。じゃあこれを買うってことで」
「ああ、金は俺が。元々企画したのは俺だしな」
「それじゃ悪いって。半分出すからさ」
「む……」
こういう時の輝子って意外と頑固だ。変に長引かせてもあれだし──正直助かるんで、
「わかった。じゃあその言葉に甘える」
「じゃあ決まりね! あとは……」
輝子が色々と物色を始める。俺も何かいい物があればいいな、ぐらいに考えて見てみる。
クリスマスらしい星のペンダント、クリスマスツリーの装飾がある写真立て。赤いサンタ帽の雪だるまグッズもある。機構町独自の物では、金属の歯車を象ったピアスや、工具の形をした指輪なんて変わりものもあった。こんなもの誰が買うんだろうか。
「っと、これ良いな」
手に取ったアクセサリーを気に入った。俺ではなく、美咲に──。
「慎二?」
「ん……ああ、見終わったのか?」
「終わったよ。会計して次に行こ、次!」
「次はここ!」
次に輝子が選んだお店は、服屋だった。
「慎二は服のセンスが無いんだから、今日はわたしがコーディネートしてあげる」
「む……無いってことはないだろ」
「少なくともわたしの方があると思うけど」
「そうかもしれないけどな……」
センスが無いわけではないと思う。
「とにかく、慎二はちょっとだけここで待ってて。わたしは美咲ちゃんの服を見立ててくるから」
「わかった──けど、試着は一人でさせてやってくれ。多分、見られるのは嫌だと思う」
脳裏によぎるのは、以前ショッピングモールで見た傷痕だ。目と違い、輝子には話していない。
「わかった。事情はわからないけど、彼女のことを思っているんだよね?」
「ああ」
「じゃ、行ってくるね」
お店に入っていく輝子を見送る。少し時間がかかるだろうと予測して周囲を見渡し、何か時間を潰せる場所はないか探して見たが、この辺は服ばっかりで潰せそうにない。
適当な自販機で缶コーヒーでも買おうか、と歩き出した矢先。
「参ったな……」
心の底から困った様子の男性が居た。四十代後半、高級そうな黒いスーツを完璧に着こなしている。仕事の出来る男、という印象を受ける。
「失礼、どうかなされたのですか?」
困っている人を放っておくのもなんなので、声をかける。
「ああ、本社に連絡を入れないといけないのだが、携帯の充電が切れてしまってね。公衆電話も見当たらないし、どうしたものかと。ところで、君は?」
「一緒に来た家族が服を買いに行ってしまって、暇を持て余した学生です」
「学生──良い響きだ。限られた時間を大切にすると良い」
会話を交わして感じた印象は、好青年といった感じだった。きっと、十人に聞けば十人ともそう答えるはずだ。
しかし同時にどこか怖しい、あまりに深い闇が垣間みえた。
「しかし困ったな……」
「その連絡は、秘匿する必要がある連絡ですか?」
「いや、重要だが隠匿するべき内容ではない」
「ではこれを」
と、スマートフォンを取り出して手渡す。
「いいのかい?」
「ええ。困ったときはお互い様です。持ちつ持たれつ、でしたっけ」
「そうだな。では有り難くお借りしよう」
男はスマートフォンを受け取ると、操作して耳に当てた。
「もしもし、宮本です。ええ、取引は成立しました。はい、はい──わかりました」
と、電話を切り、
「いや、助かった。何か例をしなければいけないな」
「いえ、例には及びません。そのかわり、別の困っている人に親切にしてやってください」
「そうか、わかった。君は優しい子だ」
「そうでもないですよ」
そう。俺は一人を救って、他の者を見殺しにした人間だ。
自己嫌悪。俺は一人を救っただけで満足し、ほかの者を見て見ぬふりをする人間だ。
「大丈夫かい?」
「……ええ、大丈夫です」
「なら良かった。では私はこれで。本当に助かった、ありがとう」
礼儀正しい人だ。後ろ姿を見ながら素直にそう思う。
じゃあなんであんな闇を感じたのだろう。なんで──まとわりつくような嫌悪感を覚えたんだろう。
「ね、慎二。どう?」
不意に声をかけられる。思考を現実に引き戻し、声の主──輝子の方を見て息を呑んだ。より厳密に言うのなら、輝子の隣にいる美咲を見て、だ。
「あの……どうですか?」
輝子の隣に立ち、顔を赤らめた美咲の格好は、薄い青色のワンピースだった。
透き通るような生地を使用したワンピースは、おとなしい印象を受ける美咲とピッタリ合っていて、率直に言えば美しかった。
「ああ、実によく……似合っているよ」
普段と違う一面を見たからか、どうにも緊張してしまう。
前髪が少しだけ目の部分に隠れていて、わずかに暗い印象を持たせていることに気がついた。
「美咲、おいで」
ポケットから先程の雑貨店で買ったアクセサリー──美咲に似合いそうだと思った物だ──を取り出して、美咲の髪に付ける。薄いピンクの花を象ったヘアピンだ。
「これは……」
美咲が不思議そうな表情をする。
「やっぱり、見立ては間違っていなかった」
ヘアピンをつけた美咲は凄く可愛らしい少女だった。ごく普通の、本来なら最初からこうあるべき姿。
「よく似合っている。ほら」
店内の鏡の前に連れていく。
「これが……わたし……」
鏡の前で顔を綻ばせる美咲。嬉しそうだ。それを見て、こちらまで嬉しい気持ちになる。
「ありがとうございます……こんなわたし、初めて見ました」
「ならこれから勉強していけばいい。人間は着飾れば着飾るほど理想に近づく。やりすぎるとクドイけどな」
いまいちピンときていない様子の美咲に、
「つまり、お洒落には気を使いなさいってことよ」
輝子が補足を入れてくれた。
服を買ったり、小物を色々と買ったりしているうちに、お腹が空いてきた。
「そろそろ飯にするか?」
「賛成! もうお腹ペコペコだよ」
「わたしも、お腹が空きました」
「じゃあ決まり。すぐ近くにフードコートがあるからそこに行こう」
このモールのフードコートは、基本的にガッツリ系の食事で固められている。なぜか、といえば工場勤務は比較的体力仕事になるからだ。
そういうわけでフードコートでは、クリスマスにもかかわらず働いているであろう作業着姿の大人がちらほら見受けられた。手に持っているトレーにはカツ丼やらハンバーグ定食やらが載っている。
そして俺たちはそれぞれ好きな物を注文して、四人がけの席についた。
「しかし、随分と買い込んだな」
輝子の隣の席に積まれた袋を見て感想を述べる。こんなの想定外だ。服屋の紙袋で出来た都会の様に見える。
「だって美咲ちゃんも可愛いんだもん」
美咲の顔が真っ赤に染まる。
「可愛いだなんて、そんな」
「でも実際すごい可愛いし、綺麗だったぞ。特に──」
脳裏に青色のワンピースを着た美咲がよぎる。清流の様に綺麗で、同時に愛らしくもある。
「最初に見せてくれたワンピースが凄くよかった」
目の前で小さく笑顔を浮かべる美咲に、ドキリとする。
──バカ、美咲は妹みたいなもんだろう。そりゃ、可愛い少女だとは思うけど。
そんな思考をシャットダウンするかの様にアラームが鳴り響く。なんてことはない。料理が出来上がったので取りに来いという呼び出しだ。
変な思考を断ち切れるので、正直ありがたかった。
「じゃあ、取ってくる。輝子、美咲を頼んだ」
カウンターに向かい、大きい盆を受け取る。丼が二つと定食が一つ乗っかっている。
「お待たせ。美咲が親子丼で、輝子がとんかつ定食。俺が天丼だな」
それぞれの前に置いていく。「いただきます」の声が重なり、どんぶりの蓋を開けると、つゆの匂いが充満する。良い匂いだ。けれど、広い空間ではすぐに霧散してしまうが。
一口食べて理解する──これは、ワイルドな味付けだと。というか全体的に濃い。醤油とみりんと出汁とがとにかく競合しあっている。食えなくはないが、毎日はごめん被る。
「なんか、いつもより豪快な味がします」
「同感だ。どうだ、味は?」
「たまに食べるならいいと思います。美味しいと思いますよ」
と言って満足そうに笑う美咲。
「こっちのとんかつはいい感じだよ。一個食べる?」
と、輝子がとんかつを差し出した。美咲がそれを食べると、
「美味しいです。サクッとしていて、ジューシーで」
「そうなのだ。このトンカツは美味しいのだ」
仲が良い。まるで本当の姉妹のようだ。美咲の口についたソースをポケットティッシュで拭う輝子を見て、より強くそう思う。
実際、俺と輝子は家族みたいなものだし、美咲と俺は家族だし、間違ってはいないような気もする。
「っと、慎二。さっき誰かと話してなかった?」
「誰か?」
「ほら、服屋の時」
服屋の──ああ、あの時かと納得する。
「ただの人助けだよ。電話を貸しただけ」
「ふーん。けど、携帯の貸し借りは極力やめといた方がいいよ。個人情報が抜かれるから。うちの若いのが一人それでやられたから」
「ああ、まあ確かにな。気をつけるよ」
最後にそんなお小言をいただいて、食事は終わった。
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